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客観説TQM

ホームページ開設の目的

  このサイトは 、 客観説に基づくTQM(QCサークル、 方針管理)、 およびFMEAなどの是正と普及を図る目的で開設しております。

全10章プリント冊子の販売

 ■ はじめに

  品質管理の理論は、 表現を換えれば、 「実務のやり方、 実務管理の理論」 に帰します。

  つまり、 製品設計・工程管理・運搬・販売など、 種々の業務の管理についての理論ということができます。

  実務技術の1つは、 専門的分野(機械・電機・農学・医学・法学・経済〜など)とその応用分野(工作機械・自動車・ガン手術・証券・銀行〜など) ごとに特有のノウハウ・技術・知識があり、 これを 固有技術 と呼びます。

  実務のもう一つは、 どの分野でも共通に使う 管理技術 があり、 品質管理はこの管理技術の一種に該当します。

  品質管理は実務のやり方ですから、 実務に対する実効性を検証しなければなりません。 また、 実務はさまざまですから、 実務経験が豊富で長くないと、 その検証も不可能です。

  例えば、 ある 「活動のやり方」 を大学と企業が共同で検証し、 それを 「何型QCストーリー」 と命名したということが行われました。

  しかし、 実務は将棋の試合のようなもので、 1回1回が似ても似つかぬコースを辿って勝敗に至ります。 ある指し方(戦法)を1回実行して 「勝った」 からといって、 それで 「検証されたQCストーリー」 と信じ込むのは一部の学者だけです。

  実務経験は多種にわたって自身が 20年〜30年 と取り組まねばならず、 大学の研究者には実務経験も実務検証もできません。


  1970年代に隆盛を極めたTQCから、 1980年代に相当数の企業が撤退しました。 その主な原因は、 主観説に基づくウソ話 にあります。 TQC が真実に改善成果をあげる活動であったなら、 撤退するワケがないのです。

  従来の小集団活動や方針管理は、 カンで目標を設定し、 カンで計画を立て、 カンで要因を列挙し、 カンで絞る主観説を中心とする 古典品質管理 でした。 この古典品質管理から早く脱却して、 新しい第一歩を踏み出さねばなりません。

  わが国は、 品質管理の分野で世界の指導的立場にあるように言われることがありますが、 実情は全く違います。

  (1)管理サイクル(PDCA サイクル)は、 W・シューハートや E・デミングらによって提唱され、 無批判にわが国に導入されたものです。 中には、「管理とは、 管理サイクルを回すことを言う」 などと平然と誤った記述をする学者もいます(大藤正氏、他)。

  成功するかどうか最善かどうか不明で、 かつ大金を投資する事業計画を立てた場合(P)、 実施して(D)、 結果が失敗なら(C)、 反省しても既に遅く、 損害は回復(A)できません。

  PDCA は失敗してもやり直しがきく場合に使うフィード・バック手順であって、 一般的な管理手順ではありません。 失敗が許されない方針管理のような一発勝負ではフィード・フォワード手順になります。


  (2)目標管理という概念は P・ドラッカーによって提唱され、 無批判にわが国に導入したものです。 目標管理で失敗して大損害を蒙った企業も多数に上ります。 目標の定義も設定手順もきわめて粗雑な理論になっています。

  QCサークル事例発表で、 QCストーリーに沿って 「目標の設定」 が発表されますが、 その 「目標」 は願望を目標と言い換えた「 言い換え目標」 であって、 正しい目標ではありません。 こうして体裁上の 「高い目標」 と 「高い達成率」 を競い合う 「体裁上の発表」 が横行する結果となったのです。

  (3)QCストーリーがQC活動手順・発表手順の定石として指導され、 これが 「ウソ話の作成手順」 として定着しています。

  実務は、 古典的なQCストーリーのような単純作業ではなく、 将棋と同様に定石通りに指して勝つこと (解決すること) は千に1つもないでしょう。

  (4)重点管理は V・パレートによって提唱され、 無批判にわが国に導入したものです。

  日常管理を重点指向 (ワースト・スリー) で行うべく唱えられますが、 日常管理の基本的な性格は 「重要なものはやるが、 順位の低いものは放置する」 という管理ではないのです。

  他方、 方針管理にワースト・スリーを適用することも出来ません。 なぜなら大金を投資する活動では、 特性値の良し悪しの順位ではなく投資対効果を重視すべきだからです。


  (5)特性要因図は石川馨氏によって提唱されて広く使われています。

  だが、 解析用と管理用という基本的に異なる2種類を区別しなかったため、 要因を多数列挙して原因はつかめず、 多数を2〜3個に絞ってしまうから予防管理にもならず、 いわば飾り物として作成されることになります。

  その結果、 石川氏自身が提唱したQCサークルは、 この間違いによって大きく歪められ、 衰退の一途を辿ることになりました。

  (6)QCサークルは自主的活動であるとして一般に指導されますが、 これも誤りです。

  「自主的」 とは、 Independent すなわち企業組織から独立し、 上司や職場の責任者の指示や命令を受けない存在ということです。

  しかし、管理職も日常管理を主務として勤務しますから、 管理職から自主独立したサークルというものはあり得ません。

  QCサークルが提唱された当時は昼休みや就業後の時間外の活動であったため、 確かに自主的な性格でした。

  しかし正式の活動とされている現在、 現在企業の管理組織を無視してQCサークルが勝手な行動をとることは許されず、 従ってQCサークルは自主的活動ではあり得ません。

  このページが公開されて3年にもなった 2007年11月、 名古屋地方裁判所がQCサークルで残業が重なってか過労死したトヨタ社員の事例で、「QCサークル活動は自主的活動ではなく業務である」とし、 明確に自主性を否定しました。


  (7) QS 9000 の10点法 FMEA は、 故障モードと故障を混同し、 10点法で採点して危険優先指数 (RPN) を決めますが、 採点が絶望的に困難な他、 対策の要否か分からないため全く実用性がありません。

  多数の一流企業の技術社員が当研究所が開催する セミナー に参加しています。 参加状況

  何故かような役立たずのFMEAを国際規格に登用し、 教育しているか理解できないが、 ここに多くの技術者が路頭に迷い、 無駄な体裁作りに奔走している実態が浮かび上がります。

  黎明期の品質管理 (古典品質管理) で犯した数々の誤りを放置し、 外国文献を翻訳するだけの一部の研究者は、 むしろ産業界にとって障害です。 ここに、 このホームページが問題点として指摘せざるを得ない事情があります。

  このサイトでは、 研究者・学者の氏名、 あるいは企業名を明示して、 その考え方を批判をしています。 批判された研究者や企業は、 ご立腹され、あるいは無視されるかも知れない。

  だが、 技術・学問は、 相互に批判して進歩するのです。 本サイトの批判が当を得ないなら、 その旨と根拠を明示して反論をお寄せ頂きたい。 




1. 客観説とは?

  客観説とは、 「実現できる最善の手段・結果の保証として目標を設定する」 と唱える立場です。

  改善活動の最初に、どう改善したいのか、 挑戦の対象であるニーズを明確にするステップがあって、それを目標の設定と唱えるのが通説、 すなわち、 主観説 です。

  主観説は、「あるべき姿」 を目標にすると考え、 願望=目標 とする古典的な立場です。 あるいは、「あるべき姿」 は不良ゼロだが、 急にゼロはムリだから、 不良半減を目標にして挑戦すると考える。

  しかし、 主観説の目標を 「不良ゼロ」 にしようが 「不良半減」 にしようが、 することは同じで、 この意味の目標をどう設定しても何の役にも立ちません。

  目標とは、 狙うもの(対象)を言います。 狙うなら、「何を狙うのが最善か」 が分かって、 かつ、 狙う手段がなくてはなりません。

  しかし、ニーズ・願望を把握した段階では、 最善も実現手段も不明であって、 狙いようがないから目標が立つ道理がないのです。


  立つはずのない目標をカンで立てるのが主観説(古典品質管理)です。 これに対し、 客観説TQMでは目標設定に必要なデータに基づいて目標を設定します。

  まず、 「全てに挑戦して最善を選ぶ」 と考えます。 何か良い案はないか、A案はどうか、B案はどうかと、全ての案を検討して最善を選ぶ。

  次に、 改善策がいろいろ見つかり、 必要な投資額や効果が分かって、 どれを進めるか選ぶ段階になります。 そこで最善を選定して、「よし、これで行こう」 と決定することが目標の設定であるとする立場が 客観説 です。

  特定のニーズに挑戦する場合でも、 ニーズに挑戦する と言えば済むことです。 ニーズを「目標」と呼び変えたところで、 何かの役に立つのですか? 客観説が目標と呼んでいるもの---実現対象---は、 目標と呼ぶ以外に呼びようがありません。 そして終了するまで、 この目標の実現を狙って活動が進められます。

  このように当てずっぽうに決めた努力目標が主観的目標であり、 データに基づいて達成を確約したものが客観的目標です。 これは大変な違いです。

  それでどんな違いが出るか、見ていきましょう。



2.  従来のTQM は主観説が中心になっており、 次のような問題がありました。

  当てにならない目標
  主観説の目標は根拠がなく、 当てになりません。 社長が年度方針を発表したとき、それが当てにならない企業と実現のメドが立っている企業とでは大変な違いがあります。 

  役に立たない目標
  主観説の目標がどうであっても、結果は何も変わりません。 いま、 「不良半減」 の目標で努力して、  結果が10%減で終わったとします。 そこで、 「不良ゼロ」 に目標に変更してやり直せば、 結果は変わりますか? 何の影響もないことが分かります。

  予言マジック
  手段が既に分かっていて達成すると分かっている目標なら、 根拠があるから、 達成しても別に不思議はありません。

  しかし、 主観的目標は全く根拠がないのです。 根拠もなしに勘で立てた目標が偶然に達成されるなら、 アッ!と驚く 予言マジック です。 何か、タネがあるに違いないのです。  品質管理は、 データに基づいて予測するもので、 マジックや超能力を提供するものではありません。

  体裁主義
  データに基づかずに恣意的に目標を定める場合、 何に気遣いするでしょうか。 それは体裁です。 主観説は、 次のように考えます。

  目標に根拠はなくてよろしい。   目標が高いほど、 挑戦心も高い。

  このように教育されたら、 皆が根拠もなく高い目標、 絵に描いた餅 を掲げるようになるのは自然ななりゆきです。 また、 目標に体裁を考えた人が達成率には全く体裁を考えないとは考えにくいことで、 データをねつ(捏)造して体裁を装うことが 予言マジックの正体 だと分かってきます。


  このような現象、 すなわち、 データではなく体裁に基づいて行動し、華々しく絵に描いた餅を目標に掲げ て悪いところを隠してしまう傾向は、 小集団活動でも方針管理でも起こります。

  世間を騒がせた旧雪印乳業に限らず、 品質で問題を起こした企業の全てが、 工場の正面に 「品質第一」 の垂れ幕が下げていたのをご記憶でしょうか? あれが体裁を優先していなかったとは思われません。

  間違い ・ 無益 ・ 弊害
  そこで、 このサイトでは、 来の主観説の〜

  1. 理論的な間違い、
  2. 役に立たないこと、
  3. および、 弊害になっていること、
などを指摘し、 客観説がそれらを解消することを説明しています。

  一方、 客観説の立場に立って始めて可能となる改善ステップがあります。 それは、「経営者の反省」 という極めて重要なステップです。 経営資源(人材、 組織、 設備、 技術力など)が不十分なままに絵に描いた餅を追いかけるという風習を改めるには、 経営者が常に自社の経営資源のレベルを監視する必要があります。 そして、

 ニーズと目標の差=経営資源の不足 

という重要な公式に行き着き、 しかるべき経営資源の不足が顕在化します。 この「悪い点が明確になる」というのが、 客観説の最大の収穫です。


3. 10点法FMEAの弊害
  現在各所で行われている QS 9000 (TS 16949) のFMEA も、 古典 FMEA です。
  1. 設計を知らない素人で構成する 「多機能チーム」 が担当し、
  2. 故障と故障モードの区別がなく、
  3. 「影響の厳しさa」 「頻度b」 「検知難度c」 をそれぞれ10点法で評価し、
  4. 危険優先指数: RPN(=a・b・c)をもって 「 対策の必要性の優先順」 を決め、 優先順の高いものについて設計者に対策を要求する。
というもので、 これが世にいう 「TS16949レベルのFMEAで潜在的故障モードを追求する」 と謳われているものです。
  このやり方は、 対策の優先順を決める都合上、 同順位を避けるために、 10×10×10=1000 段階の評価とするというもので、 極めて困難 (実は、不可能) な評価を行う。

  その結果、 当然のことながら 「対策の優先順は決まったが 、対策が必要か不要かは分からない」 という結果になり、 「エイヤー!」 で決めることになります。

  まして各部門の担当者を集めた素人チーム(多機能チーム)が担当するから、 大変な時間をかけて、 その判断は支離滅裂です。

  例によって、 「役には立たないが、 やらないと取引してくれないから、 仕方なくやったことにする」 という体裁上の書類作りの仕事になって行きます。


4. 客観説は以上のような問題を克服するもので、 この傾向は、 政財界のみならず産業界でも急速に広がろうとしています。

  客観説では、 いろいろな点で従来と違った取り組みをします。
  1. 出費の多い改善(大改善)では、 データに基づいて目標を設定します。 出費の多い改善は、 そうそう頻繁に行えないから、 やるなら最善を狙いたいし、 出費の見返りが確かでなければならないからです。

  2. 小集団活動のような出費の少ない改善(小改善)では、 目標を設定しません。 出費の見返りや最善性が問題にならないし、 管理サイクルを頻繁に回して、 よい案が出たらその時点で実施すればよいからです。

  3. QCストーリーが大幅に変わります。 また、大改善と小改善では、 全く違ったQCストーリーになります。
  1. 重点管理や方針管理の理論が変わります。
    大改善は、テーマを選んで実施します。 逆にいうと、 小改善はテーマを選びません。 すなわち、重点管理の適用がありません。

  2. 目標の意味が変わると、 方針の意味も手順も大幅に変わります。 従来のような「ノルマを割り振って、 手段は不明」 という方針管理は、 遠からず廃止されることになるでしょう。

  3. 経営者と活動者の反省事項が鮮明に分離され、 従来は他人ごとのように思っていたことが、 反省の対象になってきます。 このことが、 方針管理で重要な役割を果たすようになります。

  4. 目標データは、 当てになるデータとして、 多くの用途があります。 方針管理、 経営計画(投資計画,利益計画)に利用されます。
  まずは、「用語と論点の解説」、「学会発表」で感触を掴んで下さい。

  最近の政界では、 マニフェスト (manifesto) という言葉が用いられますが、 イギリスの野党が発表する政策綱領 (政権公約) に由来し、 具体的な手段・効果・資金源を明確にした公約です。

  具体的な方策と効果を示さないと目標を示したことにならないとする考え方は、 急速に広がろうとしています。

  いまや発表した目標である以上、 単なる努力目標とか単なる挑戦目標である旨の言い訳は通りません。 発表した目標は公約です。

  当てにならない主観的な目標を出発点とする従来の主観説は、 古典的な立場として遠からずビジネスや生産の現場から姿を消すでしょう。

  今でも企業や役所などで 「TQMを導入しています」 と自賛するところは沢山ありますが、 ほぼ例外なく主観説(古典品質管理)であって、 やり直しが必要です。

  この違いを、 このホームページでじっくりと見て行きましょう。

  自ら誤りを進んで認めて改めていく 「自己是正能力」。 これを欠如した学界に、 今後の進展を期待することはできません。 また、 実務経験もない指導機関の講師の説明も、 疑ってかからねばなりません。

  そして客観説に納得できたら、 パワーポイント教材 を請求して職場の皆様にも紹介しよう。


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