|
第1章 QCサークル 発表事例
このあと、 本文の最初に 小集団活動 の典型的な改善事例を要約してご紹介します。 なかなか体裁のよい発表です。 そこでは審査員が褒めちぎり、 一同が拍手喝采です。 しかし、 ウソ話 だと思われます。 その根拠を考えてみましょう。 1980年代に入って QC 活動の活力が落ちたと言われますが、 その最大の原因は 『QCサークル=ホラ吹き大会』 というレッテルにあります。 QC 活動の書物や講習会の講師達が 主観説 に基づいて 「QCストーリーというウソ話の作り方」 を指導してきたため、 結局は自分の首を締める結果となったのです。 その特徴をまとめた 小集団活動の七不思議 を実感しましょう。
|
全10章プリント冊子の販売
ある小集団活動の事例発表会で金賞を獲得した事例を、 かいつまんで紹介します。
QCサークル事例
|
■ さぁ、 審査員の先生方の講評を聞いてみよう。
![]() |
さて審査員の方々にはご帰宅頂き、 本音の講評 を考えましょう。 |
結論をいうと、 これはウソ話に違いありません。 どこがウソ話なのかほじくるのが本章の要旨です。 事例発表に接した人々の反応は、 ウソとは思わない人、 特に疑わない人、 ウソだらけだと嘆く人など様々です。 ですが実を言うと、 仮にこれが本当の話であったとしても、 前提に重大な欠陥があります。 その 前提の欠陥 とは? 予防状況を確認しないで、 いきなり原因追求に走っている点です。 |
これは重大欠陥ですが、 この件は後の章や FMEAのページ に譲って、 ここでは専らウソ話かどうかを論じます。 |
見る目のある人にはウソ話はバレバレで、 普通なら 「そんな馬鹿な!」 と思うはずです。 なのに多くの人達は 「QCストーリに沿った活動」 として催眠術にかかったように懐疑心を失い、 深刻に受け止めません。 そしてこの人達が審査員、 品質保証部長、 TQMの推進担当重役、 あるいは社長であったりすると、 事態は絶望的です。 早い話が、 この発表でよいならTQMなど推進する必要はないし、 推進しない方がマシです。 このウソ話を止めさせることが建て直しの第一歩です。 親企業や顧客企業が子会社や外製先工場に対して、 このような TQMの推進を強要 することがありますが、 このホームページを読んで頂き、 直ちに中止する交渉を始めるのも1つの方法でしょう。 |
上の改善事例は、 4月にテーマ選定から始まって9月末に終了し、 10月に発表資料を準備して、 11月の大会で発表されたことになっています。 このように、 「秋の発表大会で発表する活動テーマを春に選定し、 発表に間に合うように取り組め。」 という小集団活動を採用している企業が非常に多いようです。 そしてどのサークルも、 出費が少なく6ヶ月程度の活動計画を作成し、 高い目標を設定して挑戦し、 ほぼ目標を達成し、 必ず反省点を列挙し、 失敗することがない。 だが、 そんなことが可能かどうか、 5分間だけ考えてみよう。 まず、 改善テーマを選定するという最初の第一歩が実に大変です。 |
何しろ発表で恥をかかないよう、絶対に成功 し、 しかも 出費が少ない ことが事前に分るものに限ります。 活動計画を立てる都合上、 問題解決型か課題達成型か施策実行型か、 どれか1つでなくてはならず、 混合型(これが普通)であってはならず、 解決手順 が事前に分るテーマでなくてはなりません。 しかも2ヶ月程で終わったり1年もかかるようなテーマはダメで、 ほぼ 6ヶ月 かかることが事前に分るものでなくてはなりません。 また挑戦する高い目標を設定するのだから、 相当の 難題 でなければなりません。 「反省点はない」 との発表は許されないから、 反省点の発生 が事前に分らねばなりません。 |
まだあります。 特定の人だけでなく全員が分担して活動するテーマで、 効果金額が大きくないと体裁が保てません。 つまり、 出費が少なく手順と対策と結果が事前に分るような 極めて簡単なテーマ でありながら、 6ヶ月かけて挑戦する効果金額の大きい 相当な難題 であり、 しかも必ず成功し、 必ず反省点を伴うテーマで、 サークルメンバーの全員がほぼ均等に分担し、 QC手法が使えるテーマであることが、 活動着手前に分かっているもの。 こんなテーマを探せますか? |
絶対に探せないはずなのに全サークルがこれをやってのけるのですから、 「ウソ話で埋め尽くしたホラ吹き大会」 にしかならないことは容易に推測できます。 こんなことをしていると 「発表に値しないテーマには手をつけない」 という、 日常管理からかけ離れた位置づけとなり、 品質管理体制が崩壊します。 日常管理は発表のために行ってはならず、 発表とは切り離して実施しなければなりません。 どうしても全サークル発表の大会を開きたければ、 秋ではなくウソ話が許される4月1日に開催すべきです。 |
仮に発表の制度を設けるなら、 いくつか条件があます。 その1つは、 発表に値するテーマかどうかは (成功にせよ、失敗にせよ) 活動が一段落しないと判断できないから、 昨年とか一昨年とか過去の活動テーマから発表に適するものを選んで発表するのが正しいことになります。 ところが、 一般にこの最小限度の条件にすら違反しています。 |
学者・指導機関・コンサルタント・企業経営者・管理職・QCC推進部署などが、 以上の5分で済む検討を怠るために、 間違いを果てしなく繰り返すのが従来のQCサークルです。 もっとも、 改善そのものは真実のこともあります。 だが 「発表内容が全て真実か」 を振り返ると、 どこかは必ずウソ話であることに気づきます。 皆さん、 このようなウソ発表を目的とするQCサークルの習慣から脱却する運動を社内で展開してみませんか? |
![]() |
5月施設内で開催される発表会に向けて、チーム・テーマも決まり、 QC活動に入っております。 これからの進め方に対して、 勉強会をやっている様子です。経験の少ないスタッフもおり、 たくさんの質問等がでておりました。 全国大会で最優秀賞をとれるように各チームがんばっています。 |
上の写真と記事は、 青森県弘前市の 「おうよう園」 という特別養護老人ホームのQCサークルの勉強会を紹介した記事で、 ウェブに公開されている。 「5月施設内で開催される発表会に向けてチーム・テーマも決まり、 QC活動に入っております。」 とあるように、 発表テーマを決めてから活動に入っているから上に述べたように大方はウソ話の発表になります。 つまり 「このテーマなら手段も手順も結果も分かっており、 従って達成可能な目標も立つし、 活動計画も立つから、 発表テーマにふさわしい」 と判断して選定したはずです。 全て分かっているのだから、 そのまま進めればよいはずだが、 なぜか勉強会を開いている。 何を学ぼうとして勉強会を開くのだろうか? |
発表はQCストーリーに従って、 一般に、 「活動テーマ選定理由」 を説明することになっている (正しくは 「発表テーマ選定理由」 なんだけど)。 ところが、 「原因も対策も結果も、 全て分かっているテーマだから選んだ」 と、 正直に白状して発表するか? そりゃ、 やはりまずい。 体裁上、 何とかして審査員を騙さないといけない。 その騙す方法を勉強する必要があるのです。 ウソ話を 「本当の話らしく見せる」 には、 良い方法がある。 例えば、「QC7つ道具」 や 「新QC7つ道具」 を使って、 QCストーリーに沿った物語を作る。 「QC7つ道具」 や 「新QC7つ道具」 が、 原因も対策も結果も分かっているテーマに役立つはずはないが、 ウソ話を作るのには大いに役立つワケです。 |
原因も対策も結果も、 何も知らなかったことにして目標を設定し、 活動計画を立て、 要因分析し、 原因を発見し、 ここで対策を考案し、 メンバー全員の大変な努力の結果、 やっと目標を達成した〜という話を作り上げることになります。 真実の活動は、 失敗したり、 少し成功したり、 完全に成功したり、 さまざまです。 だから発表するテーマは、 過去の数ある活動実績の中から発表に値するものを選ぶのでなければなりません。 「おうよう園」 の場合のように発表テーマを先に決めると、 「失敗でした」 と発表する訳には行かないから、 「発表で恥をかかないためのツジツマ合わせ」 の仕事が中心になります。 1個や2個の要因を並べた特性要因図では見栄えが悪いから、 無関係な要因をパラパラと並べて華やかに飾る。 |
もちろん、 予防活動なのか是正活動なのか、 活動・発表する本人達ですら分からない。 かような 「QCストーリーによるウソ話の作り方」 という誤った指導が広く行われており、 全国大会で最優秀賞をとる発表がどういう内容のものになるか、 およそ想像がつくというものです。 ところで、 「 全国大会で最優秀賞をとれるように」 とは、 立派な発表が出来るテーマしか手をつけず、 つまらん問題は放置することになる 点に注目して下さい。 それは、 日常管理として最も望ましくない姿です。 そのことは、 日常管理は発表のために行うのではない し、 地区大会とか全国大会とかがあってはならないことを意味します。 そのようなイベントを煽り立てて誰が商売にして利益を得ているかを考えれば、 おのずと意図が見えてくるというものです。 |
〔注〕上の批判は、「おうよう園」 の皆様に向けたものではなく、 誤った指導をしたコンサルタント (誰か分からないが) に対するものです。 このような古典的なやり方が弊害を招くことは以前から知られているにもかかわらず相変わらず反省がないことは、 品質管理の発展を願う者として悲しむべきことです。
| ウソ話の根拠その1 |
|
この章の冒頭の事例で、 目標設定の時点で結果を予測するようなデータは何もありません。 どういう結果になるか事前には全く予測が出来ないはずなのに、 結果はほぼ目標通りです。 つまり、 根拠もなしに当てずっぽうに設定した目標がほぼ達成されたということは 予言マジック でして、 実はタネ (トリック) があります。 どんなタネ? ミスター・マリックやナポレオンズの予言マジックは素人には想像すらつかないタネがあり、 トリック自体に価値があります。 しかし小集団が考えるタネは、 何の価値もないいわば単なるイカサマです。 |
根拠があって当たるならOKなのです。 『手段Aで30%、 Bで20%改善できると事前に実験をして分っており、 A・Bの両方で50%の改善になるはずだ』 というなら当っても不思議はない。 |
しかし、 そういう根拠が全くないのに本当に当たるなら、 奇跡という他はありません。 「目標を立てて頑張れば何とかなる」 と言う人は、 自分では何もしません。 自分でする人は、 物事がそううまく行かないと知っています。 当てずっぽうに目標を立てて、 その通りの結果になる〜などという経営・管理を信じる人は、 いわば馬鹿です。 また、 出来そうもないことに挑戦して成功した人達も経験談として 「目標を立てて頑張れば何とかなるものだ。」 と主張したがります。 しかし、 失敗したケースがその何倍あるか考えていません。 |
主観的目標が全く当たらないことは、 実験で簡単に証明できます。 まず目標30%で改善させ、 次に50%の目標で同じテーマをやり直し、 その次は80%です。 そこに、 この種の目標の無意味さが歴然とするでしょう。 いや、 そんな実験をしなくても、 今回のトリノ冬季オリンピックの結果を見れば明らかです。 日本は 「トリノではメダル5個を目標に掲げて大会に臨む」 と報道されましたが、 その結果はどうでしたか? この目標値をどう設定するかによって、 結果は変わったでしょうか? |
答えは 「ノー」 です。 根拠なき目標は、 個人的な素質や偶然の幸運で極くマレに達成されるが、 あとは全滅です。 当てずっぽうに目標を4%にすれば結果も4%になる、 などという関係はありません。 こう言うと、「ニッサンのゴーン氏は30%の原価削減目標を立てて、 その通りに実現したではないか」 などと反論されますが、 彼は 「目標がはっきりし、 目標を達成するやり方が納得できるものであること」 と述べ、 目標を具体的な手段と共に示すように説いています。 |
品質管理は、 経営工学という科学の一つです。 だから、 滅多に成功しないハッタリや幸運を研究するのではなく、 誰にも使える一般的な原理を追求する。 決して超能力者やマジシャンを育成するのではありません。 「目標を設定すれば、 目標通りになる」 との主張は、 そうなるプロセス (仕組み) を尋ねても明かそうとしませんので、 マジックや宗教に属する主張として扱う以外にないのです。 現状の悪さを把握して必要性や願望を知っただけでは目標の立てようがないので、QCストーリーに従って 「立てろ」 と強要されると困るのです。 「根拠は要らないし、目標が高いほど挑戦心も高い。あるべき姿を目標に。」 と指導されれば、 体裁を基準に 「恥ずかしくない値」 を目標に掲げてその場を繕う習慣が蔓延し、 会社中が 絵に描いた餅 で飾られます。 そして、 真実の悪さはその陰に隠れて見えなくなります。 |
目標設定の段階で体裁を考えた人が達成率に体裁を考えないことはあり得ず、 ねつ造データで飾られることになります。 つまり、 データではなく 体裁を基準に行動する企業風土 になります。 運動選手がオリンピックで金メダルを目標にするのと品質管理の目標とは、 根本的に違うのです。 前者は 「やる気」 を維持するための主観的な目標で結構ですが、 品質管理は プロセスを明らかにし、 データでモノを言う活動 です。 すなわち、 品質管理という管理技術上の改善目標を設定するなら、 プロセスを明らかにし、 データに基づいて設定しなければなりません。 【注】これは、 管理技術上の改善目標の設定を一般的に述べたものです。 小集団活動では目標の設定を行うべきでないこと、第2章で触れます。 従来、 講習会などの指導講師は機会あるごとに 「データで判断せよ」 と説きつつ、 他方で勘による目標設定、 要因分析、 日程計画を教えていました。 |
小集団活動に限りません。 TPMや方針管理でも同様の問題があります。 こうして品質管理が本来目指している企業とは全く別の姿になって行きます。 下手な導入ならしないほうがマシなのです。 目標に根拠がないことは、 さらに深刻な疑問を生じます。 今、 7人のメンバーで小集団活動をします。根拠が不要なら、 7人が別々の目標を勝手に抱くことになります。 A君は不良ゼロ、 B君は不良90%減、 C君は不良80%減、 D君は不良70%減、 E君は不良半減、 F君は30%減、 G君は 「出きるだけ」 という目標を立てたとする。 しかし、 それぞれ言い分があって正しい目標の決め手はないから、 1つに絞ることも出来ないし、 7個の目標を立てることも許されない。 「さぁ、 困ったぞ。」 と、 活動が最初から頓挫して右往左往するはずなのに、 なぜ円滑に目標が設定されるのでしょうか? |
それは、 @声の大きい親分が言う通りに決まったか、 Aウソ話を作る担当者がいて、 その人が決める 〜という以外にないと思われます。 プロセス・アプローチやデータ・アプローチは、 こういう決め方を避けて判断の客観性を旦保することに意義があります。 「目標とは何か? どう設定するか?」 という問題は、 第2章で議論します。 そこでは、
|
小改善活動であっても根拠のある目標なら設定してもよいかというと、 そうでもないのです。 そのように思い勝ちですが、 それはそれで吟味を要します。 改善活動には 「失敗でもいいからやってみて結果によって対応する」 という Feed-back 活動と、 「失敗は何としても避けたいから事前に結果を知る必要がある」 という Feed-forward 活動があります。 QCサークルのような日常管理活動は、 大金を投じても目標に到達しようとする活動ではなく、 ほとんど出費なしで工夫でどこまで行けるか、 PDCAを繰り返して 「行けるところまで行こう」 とする活動です。 だから、 目標を立てることはありません。 つまり Feed-back では目標を設定しないし、 Feed-forward では目標設定が不可欠です。 それを第2章〔目標〕、 第7章〔小集団活動〕、 第8章〔方針管理〕、 第10章〔客観説の導入〕等で議論します。 |
同じ結論は 自由度 の観点からも言えます。 そもそも目標という概念を管理手法に導入したのは、 Perter.F.Druckerが "Define what the results are."(結果を決めてから、取り掛かれ)と提唱したのが始まりのようです。 この粗雑な理論を無批判にわが国に紹介した学者は猛反省すべきです。 結果(目標)を事前に決めるなら、 必要な手段資金が既知でなくてはなりません。 だから、 出費の大きい大改善では、 事前の研究で必要な手段と資金を明確にして最善の結果(目標)を決めます。 反対に、 手段は不明で出費不可なら、 結果は 「出来るだけ」 というしかなく、 小集団活動は原則として目標を立てないことになります。 |
小集団活動でも根拠ある目標なら設定できるかというと、 そういうテーマは通常、 発表価値がないことに注意せねばなりません。 発表の価値がないということは、 発表大会に登場しないことを意味します。 活動の当初から検討もなしに目標が立ってしまう (原因も手段が分かってしまう) テーマは、 簡単に過ぎて見せ場がないのが普通であり、 これを無理に発表して見せ場を作ろうとしてウソ話になるのです。 一方、 「こうであって欲しい」、「こうあるべきだ」 というような主観的な願望やニーズを 「目標」として設定して何が悪いんだ! と怒る人もいます。
|
怒るのは勝手だけど、 願望やニーズを 「目標」 と言い換えれば何かの役にたつのか、 という点を考えて貰いたいものです。 自己の願望は願望、 上からのノルマはノルマ、 顧客のニーズはニーズです。 それを目標と言い換えれば役に立つなどという幼稚な理論は、 実務では全く役立ちません。 しかし、 願望、 ノルマ、 ニーズを明確にするは、極めて重要なことです。 |
それがあってこそ、 改善の動機付けになるからです。 だから、 「願望(ノルマ、 ニーズ) はこうである」と、 そのまま説明すればよいのです。 そして、改善した結果、 その効果を願望との関係で表したければ、 |
■ QCサークルが、 いかにウソ話作りに心血を注ぐかを示す、 季節変動をうまく利用した事例があります。 ある工場の塗装職場のQCサークルは、 極めて優秀である。 何しろ、 毎年、 不良を大幅に減らして金賞をかっさらって行くのだ。 ゴミ不良の低減、 汚れの低減、 異物付着の低減、 膨れ不良の低減〜と、 毎年、 春に分析が始まって、 夏ごろに対策を実施し、 秋の品質月間の頃にはほぼ解決する。 職場に行ってみると、 目標が設定され、 ちゃんと対策がとられ、 データがとられてグラフも明確になっている。 だが、 不審な点もある。 |
何のことはない。 自然に不良が減って結果も分かっているから目標が立ち、 達成できたのである。 このような誤った目標・設定・達成にはウソ話が伴いやすいのである。 |
社会問題になった事例をあげると、 《1》北海道夕張市の財政破綻 ─ 炭坑隆盛時に約11万7000人あった人口が1990年に閉山して、1万3000人に減った。 「必ず儲かる」 と根拠のない目標を掲げて高リスク事業の認識もなしに多額の娯楽設備を建設した。 失敗は早期に判明したが、 粉飾決算と自転車操業を重ねて赤字を隠蔽し、 負債632億(1人500万円)に至った。 だが、 夕張市よりも深刻な市町村が20件ほどあるらしい。 |
《2》愛知県永源寺第二ダム ─ 農水省は1994年に愛知県の 「永源寺第2ダム」 の建設計画を決定した。 ボーリング、 実地調査、 航空測量 などの必須手順を手抜きして、 いざ始まると、 出費を倍額の1100億に変更する必要があると言い出し、 住民の反対、 裁判 、中止などの費用で、 既に109億円の損害を出している。 |
企業ぐるみで行う偽装問題が、 現在、 まさに社会問題になっています。 かつては三菱自動車の「クレーム隠し」、 雪印乳業の「原料偽装」などがあって、 世間は 「まさか?」 と驚愕しました。 しかし、 その後、 次々と食品や医薬品会社などにおける偽装問題が発覚し、 最近では葉書やプリント用紙の「古紙再使用率の偽装」が発覚しています。 違反した製紙企業は 「古紙再使用率を遵守すると品質を維持できないから、 品質を優先した」 と弁明していますが、 いうなれば 「品質優先だから、 他を犠牲にした」 ということです。 だが品質優先とは、 「納期やコストよりも優先する」 ことであって真実を隠す理由になりません。 |
これらの事件で共通していることは、 「真実を隠して、 体裁を基準に行動する」 という点です。 そして、 経営姿勢として発表していることは、 「品質第一」 であり、 「法令遵守(コンプライアンス)」 なのです。 現在このようなウソ発表をする経営陣は、 かつてTQCの最盛期に主観説のQCサークル教育を受けたはずです。 そこでは、「真実第一」 ではなかったのです。 そこでは、 「真実を隠して、 体裁を基準に行動する」 ことが最優先でした。 かくして集団で身につけた習慣は容易に抜けません。 今は、 古典的な主観説の品質管理を採用することは 「企業の恥」 とされる時代になりつつあります。 |
ところで、 「目標」 という用語に多くの人が関心を持っているかというと、 そうではない。 それは空気のようなもので、 聞き流しているワケです。 TVではオリンピックの金メダル数の目標とか、 3連覇が目標だとか、 毎日まいにち 「目標」 という言葉が溢れています。 品質管理に関する用語で検索エンジンで検索される頻度の高い用語は、
|
ところが、 主観説が犯す誤りの出発点は、 この 「目標」 にあるのです。 この 「最初の第1歩」 を誤ったために、 その先は延々と誤りを重ねて行くことになります。 願望・ニーズ・ノルマなどを目標と言い換えたものを 「言い換え目標」 と呼ぶことにしましょう。 この言い換え目標を立てれば、 手段がなくてもその通りの結果になりますか? こう質問すると、「手段がなくては、だめだ。」 と、さすがの主観説論者も認めざるを得ません。 そこですかさず、「では、手段と願望はあるが目標を立てない場合、結果はどうなりますか?」と追求してみる。 これで、言い換えただけで設定する目標の無意味さが明白になります。 |
![]() |
ウソ話の根拠その2 |
|
さて本題に戻って、 審査員Bは 「80個もの要因を挙げたことは、 並々ならぬ改善意欲の現れだ。」 といっていますが、 80個も要因を列挙したのは熱意によるものではありません。 へぼ刑事の捜査が下手だから、 容疑者が80人に膨れ上がっただけのことです。 80人も容疑者がいたのでは、 真犯人を挙げるのはほぼ絶望的です。 病院の診察で、 80個も病名を並べる医師はヤブであり、 検査結果に基づいて当を得た2〜3の病名を考えるのが名医であることを思い出すべきです。 80人も容疑者がいて、 どうやって3人の犯人を捕まえたのだろうか? 以下、 話を続けよう。 勘で列挙し勘で選んだ3つの主要因が3つとも当たったのは、 まさに超能力です。 |
なぜなぜ分析 を見てみましょう。
しかし、 これは 「なぜなぜ分析」 ではありません。 詳細はこのすぐ後に説明しますが、 ここでは誤った指導の1つだと指摘しておきます。 |
さて、 最初の 「なぜ不良が出るか?」 に対し、 機械の故障だとどうして分かるのか? こう尋ねると、 「あり得ると言っているだけだ。」 と答えます。 つまり、 特性要因図には 「原因になり得る」 ものとして要因を列挙しています。 次に、 その3つが重要だと判断した根拠を訊くと、 「常識的に重要だから。」 と答えます。 これはおかしい。 常識では分からないから要因分析をしたはずです。 勘で 「原因になり得る」 として挙げた残りの要因を、 今度は勘で 「あり得ない」 として捨て去る。 カンで列挙し、 カンで選び、 カンで捨てる〜これがデータ・アプローチですか? |
指導講師はQC7つ道具を使うように盛んに薦めますが、 要因を80個も挙げるとデータの取りようがなく、 QC7つ道具を使えません。 つまりQC7つ道具が使えなくなる手順を教えておいて 「使え」 と言っているワケで、 これも多く見られる誤った指導の1つです。 不良の原因を突き止めるのは、 いわば犯人探しです。 では殺人事件がおきた時に、 刑事は現場で証拠収集しないで、 会議室に集まって 「この事件はナゼおきたか?」 となぜななぜ分析をすべきなのですか? そうやって、当てずっぽうに容疑者を多数並べた結果、 その中に犯人が含まれ、 そして効率的に犯人にたどり着くのでしょうか? |
特性要因図を作成するに当たって講習会や本で、 なぜなぜ分析やブレーン・ストーミングを使って作成するものとされる誤りに注意しなければなりません。
【なぜなぜ分析】 ここで、 原因と根本原因を区別する2つの理由を説明しましょう。 1. いま、 お勝手の水道の蛇口から水が垂れているとする。 その原因は、 「なぜ?」 と問うだけでは分からない。 コックの締めが緩いのかも知れないし、パッキンその他の磨耗や破損かも知れない。 現場のデータを収集して、 それを手がかりにして追求しなければなリません。
|
しかし、 直接の原因が分かれば、 その原因を導いた根本原因は 「なぜ?」 と問えば分かることが多い。 それは理屈の問題だからです。 コックの締めが緩いことが原因だと分かれば根本原因はポカだし、 パッキンの磨耗が原因ならメンテナンス制度の不備が根本原因です。 2. 次に、 コックの締めが緩いという原因が分かって 「きつく締める」 という手を打てば当座のトラブルを解消することができますが、 それだけではいずれ再発しかねず、 再発を防ぐために根本原因を問題にする必要が出てきます。 従って問題解決型の場合は、 原因が分かって対策が済んで、 「これで一応終了」 という段階になって 「さて、 その根本原因は何か、 なぜ起きたのか?」 を探るために 「なぜなぜ分析」 が始まります。 |
予防型の場合は、 ごく普通に要因を出し切って、 予防策を講じた要因について 「さて、 もっと根本的な要因に迫ろう」 としてなぜなぜ分析が始まる。 従って、「なぜ、この不良が発生するか」 という具合に最初からなぜなぜ分析をするのではありません。 原因は現場に存在するのであって、 頭の中であれこれ考えても、 行き当たりません。 誤った指導として、 次の新潟大学の例を挙げましょう (他の大学や指導機関でも同様のことが行われている)。 |
〜というワケですが、 こういう方法で原因がみつかることは千に1つもありません。 なお、 なぜなぜ分析の誤解 を参照のこと。 |

(2) TPM の指導を受けている企業などで、 「特性要因図を使わずになぜなぜ分析を行え」 という奇妙な考え方に接する場合があります。 特性要因図となぜなぜ分析は相互に全く無関係な手法ですから、 一方が他方の手段になったり、 一方が他方のとって代わる関係にはありません。 特性要因図を使わずになぜなぜ分析を使う〜というような関係は最初からあり得ず、 これは何かを勘違いしている結果だと思われます。 このように、 特性要因図に関する誤解は非常に多岐にわたるようです。 |
【ブレーン・ストーミング】 これは 奇想天外なアイデア を着想する手法であり、 「批判厳禁、 自由奔放、 発言百出、 便乗歓迎」 と言う四原則の下に運用される手法です。 従って最初から行うのではなく、 まず普通に原因・対策を追究した上で、 原因や有効策がみつからずに万策尽きた状態で 「わらをも掴む」 思いで行うのがブレーン・ストーミングです。 「ブレーン・ストーミングで特性要因図を作成した」 との発表がある場合、 最初からブレーン・ストーミング行ったり奇抜な要因が出ていないときは、 ウソ話であることがすぐに分かるというものです。 |
以上をまとめると、「勘で挙げた多数の要因の中で常識的に重要な3つの要因に対策を講じたら、 勘で立てた目標をほぼ達成した」 となります。 もしそうなら大変な予知能力でして、 それほどの予知能力なら特性要因図など作らずに最初から3つの要因に対策を打てばよかったはずです。 どの程度ウソっぽいか、 計算してみよう。 達成率が偶然に92.5%であったことは、 0〜5%, 5〜10%、・・・、95〜100% という20枚のカードから1枚を当てる確率=1/20 になります。 |
80個の要因の中から3個が偶然に選ばれる確率は、 1/80×79×78=1/492,960 です。 これらを掛け合わせて、 1/9,859,200 即ち、 ほぼ1千万回に1回という恐ろしいほどに小さい確率となります。 即ち、 ウソ話であることは決定的です。 そもそも審査員Fのように 「きちっと目標を立てる」、「きちっと歯止めをする」とは、 どういう意味か? 私には分からない。 「キチッ」 と音が出るなら分かるが。 さて、 話が一段落したのでティータイムと行きましょうか。 |
なぜなぜ分析
|
以上の他にも、 さまざまな疑問点があります。 (1) 「不良率 5%が最悪」 との理由で 『活動テーマ』 を選んだはずはありません。 なるほど、 出費の大きい大改善テーマは、 特別な理由で厳選しなければならない。 しかし、 小集団活動は出費の少ない日常管理の小改善だから、 ルーチンワークの一部としてムリ・ムラ・ムダがあれば何でも手を出すのが当然であって、 特別の理由など要りません。 おやつのピーナッツは、 多数の粒から2〜3個つまむ。 しかし、 それは、 どれでもいいから食べるものを決めただけであって、 「特別な理由によってその粒を選定した」 というものではない。 日常管理の小改善テーマは、 いわばピーナッツです。 本来は見つけ次第手をつけるのであって、 理由など要らないのです。 |
要るのは 「発表テーマ」 に選んだ理由です。 小改善は手当たり次第に手をつけるべきものですから、 発表に値しないテーマもあれば値するテーマまで、 いろいろあります。 すると、 発表するには 「発表に値する点=見せどころ」 が必要になり、 これが選定理由です。 ピーナツの例でいえば、 食うときは片っ端から食うが、 人に話すときは 「珍しい形の粒があった」 とか、 何がしかの発表の価値が必要になるワケです。 小集団活動の指導において、 学者・指導機関の講師・コンサルタントなどが 「活動テーマを選ぶ」 ように指導します。 特に、 「重点管理、 ワースト3、 効果金額大」 というようなテーマ選定基準を説いて指導する場合が多いと思います。 また同時に成果の発表も義務付けられ、 「効果金額大で必ず成功するテーマ」 を選ばざるを得なくなります。 |
つまり、 「効果大で、 かつ、 必ず成功するテーマ」 を選ぶことになります。 事前に成功すると分かるテーマとは、 原因も対策も見えている施策実行型に限られます。 「こういう対策を打てば解決する」 と答えの分かっているテーマを選ぶしかありません。 しかし答えが分かっているテーマは、 「原因不明なテーマを選んで要因分析で原因を突き止め、 そして対策を立案し、 〜」 という問題解決型の筋書きで発表することが出来ないので、 「原因も対策も知らなかった」 というウソ話を作らざるを得ません。 もし発表したように 「理由があって活動テーマを選んだ」 とすると、 深刻な2つの矛盾に遭遇してしまいます。
[第1の矛盾] |
そもそも出来ると分かっているなら 「挑戦」 とは言いませんから、 目標を設定して挑戦する以上、ほぼ不可能なことに挑戦することになり、 10中8〜9は失敗してもおかしくないテーマのはずです。 ところがどの企業でも、 全てのサークルが 「成功」 の発表をします。 「挑戦したけど、 完全に失敗しました」 などと発表するサークルは絶無です。 10中8〜9は失敗してもおかしくないのに、 なぜ全部が成功するのか? しかも、 なぜ全てが 「小改善で間に合う」 のだろうか? QCサークル活動はQC手法を使った改善活動であるというが、 原因も対策も未知の段階で 「QC手法を使うテーマ」 であり、「小改善で済むテーマ」 であり、 「成功するテーマ」 だと予知する超能力はどこから来るのか? それは結局、 「QCストーリーに沿って作り上げたウソ話」 というほか、 説明のしようもないことです。 |
飯塚悦功氏 (東大教授、 デミング賞受賞者) はその著書 (日科技連:「TQM21世紀の総合品質経営」、P.81) で、 「QCストーリーという問題解決ステップの適用が推奨される」 と説いています。 だが、 そのことは同氏が品質管理の実務にうとく、 1人の学者としても社会人としても全く責任を果たしていないといわざるを得ません。
|
毎年、 各社のほら吹き大会で優勝した 「ほら吹き名人サークル」 が集まって発表大会が開催されます。
例えば、 グループ企業や外製企業を含めて開催する大会、 有名指導機関の地区大会などです。 その個々のテーマ発表について、 真実の発表かウソ発表かを問題にする必要があるとは思いません。 「ウソ発表のメカニズムの上に成り立っているイベント」 であることを論証すれば十分です。 「ウソ発表でなければ優勝しないメカニズム」 で各社において優勝したサークルの発表は、 それぞれが個々に真実かどうかを問う前に、 既に信憑性がないからです。 そこで発表されるストーリーは、 いわば 「真似てはならない模範集」 です。 実務では、 決してそこで発表されるような内容の活動にはならないからです。 活動手順も、 テーマ選定も、 目標も、 計画も、 要因分析も、 実務ではそのような扱いをしません。 |
[第2の矛盾] 冒頭の改善事例で 「ワースト3故に取り組んだ」 とあるが、 これだと益々深刻な疑問があります。 「ワースト3のような重大問題以外は放置している」 と発表したことになるからです。 機械の油が漏れようが通路に部品が落ちていようが、 ワースト3でなければ放置する〜という職場風土は、 最悪中の最悪で手に負えません。 理由をつけて 「やる、 やらない」 の差別をしないのが日常管理なのです。 日常管理では、 トラブルを見つけしだい手をつけて、 そのうち 「発表に値するテーマ」 を選んで発表するはずです (→第5章 テーマ選定の意味(4))。 なるほど小集団活動を導入した直後は、 それまで放置して来たから改善点は無数にあります。 すると、 「どれにするか」 と選定が要るように見えます。 その場合もテーマを選ばないのが正しく、 やりたいものから手をつければよい。 |
そして 「やりたいものから手をつけた」 などと説明する必要もない。 小改善はやるのが当然であって、 理由を要しないからです。 必要なのは、 発表テーマに選んだ理由です。 改善が定常化して正常な日常管理になると、 トラブルは数える程しかなく、 「発見次第、 手をつけるのが正常」 と実感できるようになります。 そして、 終了した過去の活動の中で 「参考になりそうだ」 と思われるテーマを選んで発表するのです。 |
(2) 特性の層別がなくては、 解決できません。 「Y工程の不良率」 と言うだけだと、 普通、 数個の不良特性が混ざっています。 その場合、 特性を細分化(層別)し、 特性ごとに特性要因図にしないと、 原因が混ざって要因分析は全く不可能です。 例えば 「外観不良」 ではダメで、 指紋汚れ、 黒ごみ、 茶ごみ、 すりきず、 打痕きず〜などと細分化し、 別々に原因を探す必要があります。 本件ではこれをせずに成果を出したとのことでが、 これも大変な超能力です。
|
(3) P管理図から不良率しか情報を得ないのでは、 解決できません。
主要因を見つけるには、 要因の条件は、 層別した各特性ごとに不良率グラフの変化の特徴、 発生工程の作業の特徴、 不良品現品の特徴などです。 このような根拠のある要因の条件を明確にします。 列挙した要因から主要因に絞るには、 要因の層別などの手法を使います。 |
(4) 大日程計画を立てたはずはない。 どのサークルも、図表3cのような 「活動計画と実績」 なるものを発表します。 ところが、 それはウソ話であって、 実際には発表の体裁のために作成しているだけです。 なぜ、 そう言い切れるか?
| [図表3c] 活動計画と実績
![]()
|
|
しかし日常管理では小改善が多く、 期限もないので、 通常は大日程計画を立てません。 仮に立てるとしても対策の実施まで1分で終わる場合もあれば1年かかる場合もあり、 ある程度進めないと想像がつきません。 計画が立つのは、 「ああしてこうして、こうなるから〜6ヶ月ぐらい」 と推定できる場合に限ります。 仕事の内容が分かるから期間の見当がつくのです。 |
ところが問題解決型の活動では、 要因分析の後、対策を決めないと仕事が決まりません。 仕事が不明なのに、 どう日程を見積もるのでしょうか? また、 問題解決型になるか課題達成型になるか施策実行型になるか、 これらが混ざった活動になるか、 予防策を補充する活動になるか、 最初から分るはずはありません。 一事が万事、 目標の場合と同じです。 主観説では、 データがなくても 「こうあってほしい」 という願望が計画なのですから、 計画と実績は全く合いません。 なのに例外なく 「若干のずれ」 で収まるという誠に不思議な現象が起きます。 勘や願望で立てた計画と実績が一致するなら、 まさに予言マジックです。 主観説の考え方の下での計画や実績は、 ねつ造されたウソ話であることが多いといえます。 |
主観説は、 「データでモノを言え」 と唱えつつ、
さらに重大な錯覚がみられます。 この計画は 「QCストーリー = 活動の手順」 との前提でQCストーリーの順に仕事が進むという構成です。 これは品質管理の実務を知らない (実務経験がない) 人に多くみられる見解に基づいたものと言えます。 |
(5) QCストーリーは 活動手順の原理 を示すもので、 活動手順そのものではありません。 例えば、
要因分析のステップでは一斉に要因分析、 また、 対策の立案では一斉に立案、 〜というような活動は現実的ではありません。 現状把握、 要因分析、 対策、 効果の確認と進んで、 効果が思わしくないために現状把握に戻って要因を追加したり対策を追加したりするのは極めて普通のことです。 |
慢性不良との戦いでは、 1回や2回でなく10回も行ったり来たりすることも珍しくありません。 つまり、 QCストーリーのステップをそのまま活動計画のステップとすることは至難の業ということになります。 ある製品の不良率を下げようとすると、 層別した特性が3つや4つ出て来ます。 そのそれぞれに、 要因が5つや6つあります。 すると、 QCストーリーのステップのような計画は容易に立てられません。 層別した特性がA、B、Cの3つで、 Aは原因が見えているから施策実行型、 Bは原因がさっぱり分からないから問題解決型、 Cは原因を問題にしても仕方ないから設計的アプローチの課題達成型で行こう、 というような活動が最も一般的なのです。 |
(6) 大日程計画と実績は一致するはず。 仮に、 活動に期限があって 大日程計画を立てたとします。 しかし、 その場合は、 期限を守るために常に現状から再計画しなければならず、 図表3cの赤と青のように別々のままというワケに行きません。 赤と青は一致し、 従って、 青のみとなるはずです。 なぜなら、 計画と現状がずれたら、 そこからどうやって期限に間に合わせるかを再計画しなければ、 期限を守れないからです。 |
赤と青の2本線で示すことの意味は、 「赤のように計画を立てたが、 それを無視して青のように活動した。」 と言うことです。 しかし、 「生産予定に合わせて調達計画を立て、 その計画を無視して調達を行なった結果、 生産予定日に対してこれだけの遅れになりました」 などという進行実務はありますか? この実務では全くあり得ない 「計画と実績」 を指導する参考書に日科技連:細谷克也著 「すぐわかる問題解決法:P.60」 があり、それを模倣した 沖縄瓦斯(株)の公開事例 があります。 |
(7) 計画を作成する前に、 計画はないはず。 図表3cによれば、 計画は5〜6月に作成しています。 なのに、 なぜ4月から計画が存在するのでしょうか? 有名出版社の本にかような計画が模範例として載っており (例えば、 日科技連出版社、 細谷克也著、 「すぐわかる問題解決法」、 P.60)、 初心者がこれを真似て発表するという、 どうにも困った状況になっています。 これは実は計画など立てておらず、 体裁を基準に行動していることを示すでしょう。 |
(8) 目標達成率の計算はおかしい。 目標を 挑戦の対象 として設定したはずです。 即ち、 挑戦はするけれど、 実現するなどとは言っていません。 「実現するかどうかは別として、 これこれに挑戦する」 と決意したはずです。 なのに、 達成の対象 のように目標達成率の基礎にしています。 現に4%低減に挑戦したのであれば 挑戦率=100% でしょうし、 達成の約束はしていないから達成率は求められないはずです。 |
(9) なぜ、 問題解決型なのか? トラブルの原因を除去すればトラブルは治まる、 〜と単純に考えると失敗する。 勿論、 原因がなければ結果もない。 しかし、 原因を除去する解決法が常に最善なワケではありません。 なぜなら、 本来トラブルがないはずなら原因を問題にすべきですが、 本来トラブルがあっても不思議でない状態 (無管理状態など) だと、 特定の原因の問題ではありません。 活動には原因を突き止めて対策を打つ 問題解決型 の他に、 事後予防型 と 課題達成型 があります。 また、 怪しい要因が数個あるときに、 原因を調べるのではなく、 怪しい要因の全てについて対策を講じる 対策先行型 の活動もあります。 本件の事例は、 この点を何ら検討せずに 「問題解決型」 と決め付けた点がまずいのです (→第6章)。 |
(10) 反省は無意味 反省と言うと 「目標に対して、あと一歩」、 「計画に少し遅れた」 などが多いが、 これが全く無意味なことは既にお分かりですね。 目標や計画がデタラメですから 「体裁の良い反省文」 を発表用に作成したに過ぎず、 聞いても参考になりません (発表会の目的は相互啓蒙)。 もっとも、 投資対効果を問題にする活動 (大改善) では反省が極めて重要なものになります。 特に、 経営者は何を反省すべきか、 担当者は何を反省するか、 こういう問題を論じなければなりません (→第8章)。 しかし小集団活動 (QCサークル) では、 各自反省するのは結構だが発表は不要です。 日記に書く反省文と公表する反省文は一致しないから聞いても仕方がないのです。 そもそも、 「よかった点、 悪かった点」 を挙げることは、 専門家ですら難しいことです。 体裁のために挙げても、 何の意味もありません。 もし反省するなら 「以上の発表はウソでした。」 と発表することです。 |
ここまでの不可解な謎を総括してみよう。
|
|
|
このような矛盾が多いのは 体裁主義 に陥っているためです。 体裁主義とは、 悪い点は隠し、「ほら、この通りすばらしい状態ですよ」 と見せつけるために、ウソにウソを重ねる体質を言います。 体裁主義に陥ると、 悪い点が改善されずに地下に潜伏し、 企業はしだいに弱体化します。 しかし非常にゆっくりなので、 普通は気づきません。 「あるべき姿」 を目標にする指導を受けて、 「 クレームゼロ ・ 在庫ゼロ ・ 不良ゼロ ・ 原価30%減 ・ 怪我ゼロ 」 などと華々しいスローガンを掲げて、 むしろ外見上、 体質が強化したように錯覚します。 しかし、 結局は耐えられず、 ある日破局がやってきます。 世間を騒がせたあの当時の雪印の工場の正面に 「品質第一」 の垂れ幕が下がっていたのをご記憶でしょうか? 「品質第一」 のスローガンを掲げる人達 (企業) は、 それで格好がついたように錯覚します。 |
しかし現状 「品質第一」 になっていないし、そのように変える方法もないから垂れ幕に頼ったワケだから、 スローガンを掲げても変わるはずはない。 「品質第一」 のスローガンの意味は、 「当分の間、 品質第一にはなりません」 と宣言したことになる。 品質の問題を起こす企業は、 みな 「品質第一」 のスローガンを掲げています。 このような現象は、 なぜ起きるのでしょうか? 「それはモラルの問題でって、 品質管理の方法論とは関係がない」 と主張する人もいます。 しかし、 品質管理の方法論の欠陥によって生じる現象である以上、 無関係とすることはできません。 皆は好きこのんでモラル違反をするのではありません。 不合理な QC ストーリー(手順)などを押し付けられて、 体裁主義にならざるを得なくなるのです。 従来の QC ストリーは、 ウソ話の作り方の手順 と言って過言ではないでしょう。 なぜなら、〜 |
「確かに、 客観説が正しいと思う。 しかし、 このホームページを社内の人々に広めたら大騒ぎになる。 また、 私の首も危なくなる。」 正しいと思うことを口にできない日本の企業風土、 逆らうことの出来ない不条理の存在、 こういったものがTQMをダメにしてきたのです。 |
つまり、 これらの人々が賛同しなければ正しいと思うこともできないという社風は、 現在でも多く見られます。 「人間性の尊重」 とか 「自ら考える力を養う」 などと言いながら、 これ程の人間性を無視し自ら考える習慣を否定する習慣は他にないというべきです。 一旦誤った活動を指導され受け入れると、 今度はそれを排除することは容易ではないのです。 しかし、 思い切って客観説TQMを導入してみよう。 |
もし反対する人がいたら 「客観説TQMのホームページに、 全てが説明されています。」 と説得して、 客観説TQMへの切り替えを主張してみて下さい。 「活性化」 を唱えつつ客観説を否定する人がいたら、 その人自身が 「活性化」 の障害であるというべきでしょう。 私達は、 学校で教わった学問を実務に応用し、 同様に、 TQM指導機関の指導を受けて実務で使うものと思い込んでいます。 それは正しい生き方なのでしょうか? 参考のため、 進歩の著しいプロ将棋の世界を覗いてみよう。 プロ将棋の世界では、 指し方を 「学者が考えて実務家が使う」 のではなく、 実務家自身が考えるのです。 だから強いの何のって、 素人では到底相手になりません。 |
活動テーマを選定し、 選定理由を説明し、 高い目標を設定して現状の悪さを把握し、 ブレーンストーミングやなぜなぜ分析で多数の要因を列挙して重要なものに丸をして対策を講じたら目標を達成することが出来たなどというバカな話は、 実務を知らない人しか考えつかないし、 恥ずかしくて他人に指導できません。 なるほど、 統計手法のように、 学者が考えた理論を実務に適用するケースは沢山あります。 しかし、 仕事の手順は、 他人が知らない事情が沢山あるから実務家が自分で考えなくてはなりません。 学者が考えた手順を使う場合でも、 自分なりに妥当性を吟味せねばなりません。 TQM は各社・各人が考えることです。 このことを学界・指導機関・大企業・親会社・社長等が認識することがTQM の隆盛の前提と考えられます。 |
採用するかどうかは別としても、 客観説TQMの考え方を正々堂々と社内に紹介することが出来るような社風の企業、〜
|
こういうは活気ある企業であると想像されます。 ここらで力を抜いて、 お茶にしようか。 |
|
| むすび |
|
(1) 一般に「品質管理」と言うと、 「製品の品質を良くすること」 の意味に誤解されます。 しかし、 そうでありません。 仕事のやり方 (Process) の質を改善することです。 つまり物の品質ではなく、 プロセスの質、 マネジメントの質、 引いては 「経営の質」 を問題とするものです。 また、 品質管理は 経営資源 を重視します。 必要な人材、 組織、 設備、 技術・ノウハウなどの充実を求めます。 経営資源などの 原因 を改善すれば、 売上 ・ 原価 ・ 在庫 ・ 安全 ・ 環境保護 ・ 製品・サービスなどの 結果 が向上するのです。 このような考え方を プロセス・アプローチ と言います。 すなわち、 「幸運にも偶然こういう結果となる」 というのではなく、 そういう結果となる仕組み (プロセス) を構築し、 かつ、 それを明らかにして改善の対象とすることを意味します。 |
結果がウソ話になってしまう原因は、 プロセス (仕組み、 手順) が不明確なこと、 データ(真実)に基づかないで判断すること、 および、 人材などの経営資源の不足にあります。 即ち、 常にプロセスを再検討し、 及び、 真実に基づいて行動し真実を報告することの重要性を追求せねねばなりません。 総合的な原因の改善による総合的な結果の改善、 これが総合品質管理・TQM です。 そして従来のやり方や経営資源のどこをどう改めるべきか、 常に問題点を探っていく必要があります。 そして現在の考え方に 「何か、おかしい」 という点があったら、 最初に戻って基本から考え直すことが大切です。 有名な先生の本に書いてある、 権威ある教育・指導機関で教わった、 大企業が実施しているなど、 そういうことを根拠にしてはなりません。 はっきり言うと、 有名な先生、 権威ある教育・指導機関、 及び大企業が根本的な誤りを犯しています。 |
例えば、 神田範昭先生のホームページ、 生産管理講座 にアクセスしてみよう。 そこには、 次のようなことが書いてあります。
〜と、 このように解説しています。 だけど、 やはり、 根本的な点で誤解をしています。
|
|
(2) 科学的アプローチ プロセス・アプローチを言うなら、 目標設定の他、 その後の結果を出すまでのプロセスも問わねばなりません。 プロセスは、 「こうしてこうすればこうなる」 というメカニズムです。 プロセスがないのは 「カン」 に頼るからです。 「カン」 に頼るなら、 データも不要です。 一般に指導される目標論は、 「あるべき姿」 をノルマにして旗を振るというもので、 プロセスがありません。 目標設定にプロセスがないし、 その後の実現のプロセスもないし、 データに基づく判断もないというでは、 「入信したら病気が治った。」 という事例を挙げて入信を薦める 新興宗教 と何も変りません。 |
このような科学的アプローチを無視する、 反QC思想としての目標論に矛盾を感じませんか? 品質管理が科学 (scientific approach)であるためには、 次の3要件が求められます。
|
1980年代に相当数の企業の TQCからの撤退の原因 は、 主観説に基づくウソ話にあります。 QCが真実に改善成果をあげる活動であったなら、 ここから撤退するワケがないのです。 しかし残念なことに、 今でも冒頭の事例のような活動を指導する場合が多く、 受講者も 「成る程」 と感心して受け入れています。 受講者がその後どう活動をするか、 およそ見当がつくというものです。 なぜ、 このようなことが起きるのでしょうか? 数学者は実務で数学を使えません。 数学を使うのは、 物理学、 化学、 機械工学、 電気工学などの固有技術の分野です。 だから、 数学者は物理学や電気工学の計算問題を解くことができません。 |
数学は使う機会がなくても正しいことを証明することができ、 数学それ自体で成り立ちますが、 TQM理論は正誤の証明が容易でありません。 誤ったままで実務の世界に導入されてしまう危険が極めて大きいといえます。 しかし、 科学的なアプローチと言えるためには論理的に正しく矛盾がないことが不可欠であり、 これを 論理性 といいます。 品質管理は、 いわゆる管理技術であって、 それだけでは実施できません。 実務は、 工業技術 (電気技術、 機械技術、 化学技術など) や農業技術、 畜産技術、 料理法、 医療術、 その他諸々の技術や知識を駆使して行われます。 |
このような業務に固有の技術や知識を 固有技術 と呼びます。 実務では、 さらに、 管理技術が必要になります。 トラブルを予防し解消し、 顧客に満足感を与える商品やサービス、 顧客に魅力を感じさせるためのプロセスなど、 固有技術を有効に働かせるための技術が 管理技術 です。 品質管理の学者は品質管理の実務経験がほとんどなく、 製品設計や工程設計や不良削減にそれほど苦労した経験があるとは思えません。 だから、 QCサークルや方針管理の問題点を理解することに困難があるのかも知れません。 |
QCサークルの衰退、およびTQCのからの撤退について、 学者がどのように誤解しているか、 その一例を神田範昭教授のサイト 生産管理 を参考に考えてみよう。
|
以下は、 神田教授のサイトに掲載されて内容を要約したもので、 掲載内容をそのまま引用したものではない。
|
| QC活動が有効性を失った理由(神田氏) | 客観説による注釈 |
|---|---|
1980年代に入って、QC活動の活力が落ちたと言われた 最大の理由1) は、 企業活動のボトルネックが生産から販売に移るという経営環境の変化があったためである。 増産が求められなくなり、 改善すれば労働時間が減少するから、その後にくるのは人員削減のみである。 自分が解雇されるかもしれない改善を積極的に行なう人はいないから、 残業や人員削減につながらず、 改善効果のほとんどない活動を熱心に行なうことになる。2) |
1)まず、 「有効性を失った理由」 とあるが、 当然 「有効性を失った原因」 の趣旨と思われる。 それは、 QC活動を発表目的、しかも審査員に対する発表を目的に行うという習慣が広まり、 まことしやかなウソ発表を招いたことに他ならない。 2)指摘の要点は、 「医者は、 患者が減れば自己の失職につながるから、 懸命に治療しない」 という論理を説明しているが、 到底受け入れられない。 能力と機会があって、 なお、 かようなことで改善活動を渋った労働者・技術者などは全くいないと思う。 |
第2の理由 は、 QC活動による改善はキャッチアップによる改善手法だったからである。 QC活動における 『問題とは、“あるべき姿” と現状とのギャップであり、 解決すべき事柄である』 と定義される。 QC活動が対象としていた問題は、 生産現場における管理が悪くて起きている問題であった。 QC手法は、 問題を分類し、 それに対処する解決法を選ぶ、 パターン認識とその応用にすぎなかった。 “あるべき姿” とは、他社で既に改善されている事柄であった。 それを自社に合せてカスタマイズするだけのものであった。 |
要するにQC活動の対象は、 本来、 「生産現場における管理が悪くて起きている問題」 を扱ったのが、 「“あるべき姿” と現状とのギャップ」 を問題とするようになったことがいけない〜という。 なぜなら、「あるべき姿=他社と同水準」 と単なるキャッチアップ(追従) に過ぎず、 しかも単に活動手順 (QCストーリー) を選ぶだけの活動になったという。 しかし、「問題=“あるべき姿”−現状」 という誤り、 ”あるべき姿” を目標に設定する誤り、 QCストーリーを活動手順とする誤りを指導をしたのは、 神田氏ご自身を含む主観説である。 |
3番目の理由 は、 フロント・ローディングにより品質そのものが向上したからである。 しかも、 製品のライフサイクルの短縮に伴って、 品質やコストは既に設計部門やエンジニアリング部門で対応されている。 『品質は工程で作り込む』 から 『品質は設計で作り込む』、『コストは原価企画で作り込む』 時代になった。 同様に、VE活動は製品ができた後で行なうセカンド・ルックVEから、 企画・設計段階で行なうゼロ・ルックVEやファースト・ルックVEの重心が移ってきた。 |
要するに、 以前は、 『工程で作り込む』 とされたが、 最近はフロント・ローディング (上流管理) により 『品質は設計で作り込む』、 『コストは原価企画で作り込む』 時代になって、 やることがなくなったことがQC活動が衰退する原因になった、 という。 もしそうなら、 日常管理を主務とする部長や課長などの管理職が不要となるはずなのに、 そうなっていない。 事務の現場、 製造現場、 設計の現場〜など、 現場の日常管理では今も昔も 「工程で作りこむ」 ことに変わりなく、 改善されていない問題が多く存在する現場でも、 QC活動はあまり行われていない現状である。 |
4番目の理由 は、 自主的な活動だったQC活動に、 コスト低減のノルマが与えられ、 自律性がなくなったからである。 現在のQC活動ほど 『ホンネ』 と 『タテマエ』 が大きく乖離している例はないだろう。1) 多くの日本企業で行っているQC活動は、 QC発表会のためのQC活動と言われて久しい。2) QC活動によって管理職の指導力が評価される慣習が残っている。3) 管理職が熱心にQCストーりーを考え、ある時は管理職が代わりに作って、あたかも現場が作ったかのように発表させることすらまかり通っている。4) 労働時間外に自発的に行われるQC活動ではなくなってしまった。5) ノルマを与えられ、「改善する前から改善効果が出る」 ものしかQC活動のテーマに選ばれなくなった。 挑戦的な改善テーマが選ばれなくなり、 ある意味改善活動ではなく、 生産活動に近いものになってしまった。 成果主義人事制度と同じ問題が発生している。6) |
ここに主観説が犯した過ちが端的に表され、客観説で統一すべき理由が明らかにされている。 1)ウソ発表にならざるを得ない指導をしたのは、 他ならぬ主観説である。 2)発表会のためのQC活動になった原因は、全サークルに発表を義務付け、QCストーリーを活動手順・発表手順としたからである。 3)QC活動によって管理職の指導力が評価されるのは当然のこと。 神田氏は、管理職が日常管理を主務としQCサークルはそれを補助するとの認識を欠く。 4)典型QCストーリーに沿った発表を義務付けるから、 管理職がそれに沿ってウソ話作りに手を貸すことになる。 作成者を偽るだけでなく、手順・時期・内容も偽りと気がつくべできである。 5)職場の問題点の改善が 「休憩時間で済むような仕事」 と理解するのは実務を知らぬ故の誤解であろう。 6)ノルマは悪くはない。 自身の願望、 上司からのノルマなど、一般的にニーズがあって改善が始まる。 ただノルマを目標とするQCストーリーは誤りで、 それを指導したのは主観説である。 |
(4) e-QCC(進化したQCサークル) 最近、 e-QCC というQCサークルのレベルアップ運動が提唱されています。すなわち、
そういうものを推進する理由は、 QCサークル活動の停滞・形骸化を解消することが中心のようですが、 いかにも実務経験のない人達が考えそうな概念で、 大変に疑問があります。 |
QCサークル活動は日常管理 (本来の分掌業務の円滑化) のための小改善です。
懸念は、 方針管理が (PDCAサイクルに従うとの) 間違ったの理論で実績が上がらず、 その役目をQCサークルに押し付ける口実にすることで、 その弊害が現実になっています。質疑応答を参照。 |
さて、 全国で行われている改善事例発表大会は、 残念ながら主観説を基調にしています。 圧倒的に成功例が多いのは成功例だけを集めたもので、 失敗例も探せばあるだろうと参加企業を訪ねてみると、 各企業の中でも同様に成功例しかないようです。 目標を見ると 「あるべき姿」 を掲げており、 元々が滅多に成功しないテーマに取り組んだはずなのに、 なぜ全てのチームが成功するのか? |
世の中には変った制度や不合理な制度などが多数ありますが、 「ホラとすぐに分かるような話を真剣な顔をして公然と発表し、 皆がまじめに耳を傾ける大会」 も珍しいと言えましょう。 こういう状態で、 「競争力をつける e-QCC」 を進めることができますか? まず、 主観説から撤退して客観説に切り替えることが先であること、 疑いはありません。 |
(5) 実務経験の重要性 講習会などで 「品質管理とは、 管理サイクルを回すことだ。 標準書(P)を作って、 実施(D)して、 結果を見て(C)、 そして反省してアクション(A)をとる。 こうやって、 現状を維持しつつレベルアップすること。」 と教わることが多い。 しかし、 その説明はどうもおかしい。 それが誤解であることは、 実務を多数経験すれば自然に分かる。 例えば、 何億円も投資するプロジェクトを計画し(P)、 実施し(D)、 結果は大失敗で(C)、 反省して何億円もかけてやり直す(A)、〜という事態を考えてみれば、 管理サイクルを回すことが品質管理だというのは誤解だと分かる。 ちなみに、 偉そうに言っている私自身は品質管理学者ではなく、 現場で苦労した実務者です。 実務を多数経験すると、 自分の理論の妥当性は実務結果によって冷酷に判定されます。 |
しかし実務経験が不足すると、 自分の理論が妥当なのかどうか調べる術がないのです。 外国文献を読んで自分の著書に翻訳し導入するだけの、 実務経験に乏しい研究者や指導講師が実に多い現状は困ったことです。 この章では小集団活動のウソ話を取り上げましたが、 実は、 もっと大変なことがあります。 TQMの主な内容である方針管理は第8章で扱っていますが、 これがまたウソつき手順になっているのです。 管理職や経営者の方は、 是非、 第8章 をお読み下さい。 客観説TQMの考え方に賛同された 各企業の方々の話 も聞いてみよう。 また、 このホームページを熟読した後に、 客観説 TQM の指導者として、 パワーポイント教材 (無料) を請求して同僚・上司・経営者に説明し議論してみよう。 また、 当研究所の 出張社内講習会(有料)、 及び、 FMEAセミナー(有料) によって見識を深めよう。 |
|
是正処置で、 あまりにも期限を守れないものが多いので、 その原因を明らかにして対策を打つように指示を出しました。 チームが出してきた答えは、 「是正処置の記入用紙が悪いので、それを更新する」でした。 記入用紙を改訂すれば期限が守れるようになる? そんな魔法のような話は信じられません。 しかも、 更新履歴を調べたところ、 過去にも同様の理由で記入用紙を更新していました。 以前、 自動車メーカーからクレームの是正処置を求められ、 その自動車メーカーの記入用紙 「なぜなぜ・シート」 を提出しろとのこと。 まず 「事実把握」 のステップで 「発生要因と流出要因は何か」 の記述が求められ、 次いで 原因究明」 のステップで 「発生原因と流出原因は何か」 の記述が求められました。 |
ところが両方にほぼ同じことを書く羽目になりました。 私も品質管理用語を国語辞典で引いた一人だったのです。 社内ならともかく、顧客に出す報告書がこんなレベルとは、何とも恥ずかしい限りです。 我社には 「改善事例発表会」 と称するものがあり、 そこでの発表を目的とした小集団活動があります。 従来のQCストーリーに則った発表会で、 そこでは特性要因図の使用が必須であり、 皆が原因を追求するために特性要因図を作っています。 そうです、管理用をです。 勿論、 それを指摘する評価者 (マネージャ) はいません。 そして、実は私もそのうちの一人なのです。 なぜなら、 ご多分に漏れず、 私も特性要因図の誤った教育を受けてきた一人だからです。 |
最近、 当社で、 QCサークルからの脱退を申し出きたサークルがありました。 理由を聞いてみると、 推進部が指示する活動手順 (QCストーリー) では活動できないから、 ということでした。 そこで、 「活動手順は違ってもいいから、 テーマを選定して11月に発表する」 ように説得しましたが、 その約束はできないと反発を受けました。 |
そして、 客観説TQM研究所のホームページを読むように要求されたのです。 客観説TQMの考え方が間違っているというなら、 どう間違っているのか、 推進部は説明せよ、〜というのが彼らの要求です。 結局、 推進部として反論できず、 現在は 「他のサークルの参考になるテーマがあったら発表する」 という制度に変更し、 審査員による審査を廃止し、 サークルメンバーによる投票に切り替えています。 |
|
|
|
|
客観説─QC 客観説─品質管理 1 1_2 1_3 2 2_2 3 4 5 5_2 6 6_2 6_3 7 7_2 8 9 10 no_smoking no_smoking2 fmea fta q_a seminars seminar1 seminar2 seminar3 seminar4 FMEA/FTA・特性要因図 ─ 研修セミナー 時事評論コラム なるほどダイエット |