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 2 目標の設定        
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 4 是正QCストーリー
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 6 要因分析        
 7 小集団活動        
 8 方針管理           
 9 ISO QMS の弱点
10 客観説TQMの導入


第11章 TQM小論

  この章は、 いわば 「ティータイム」 の延長である。 いろいろな話題を拾って考察する。

  最初は、大手旅行斡旋企業の JTB と楽天トラベルの例を比較して、 顧客満足の意味を考える。 次に、方針管理における「トップダウンとボトムアップ」と題する近藤良夫氏 (京大名誉教授) の考え方を批判する。

  以下、 検討話題を入手しながら、 ページを拡大して行く。


印刷用(無料) | (1)顧客満足 | (2)トップダウンとボトムアップ(3)キャッチボール(4)方針を構成する3項目(5)マーケットイン | (6)QCサークルの性格 | (7)JIS製品のデータ捏造 | (8)なぜなぜ分析の誤解 | (9)福知山線事故に関する兵庫県警の誤解

第1節  顧客満足

  顧客満足とは、 どの程度の満足要求だろうか?

  ISO 9001 は最低限の要求を規定した規格で、 当然の義務を果たせば顧客満足を達成したと認めることになっている。

  国際的に見れば、 そのレベルに達していない国も多いから、 せめてそのレベルを達成するように要件とすることになるからである。

  しかし、 高度の競争が浸透した社会においてこのレベルでは一般に不足であって、 ハイレベルの顧客満足が要求される。

  一方、 わが国のような高度の競争社会において、 「ISO 9001 の認証を得たから、 十分な顧客満足を提供できている」 と勘違いしている企業は意外に多い。

  この節では大手旅行斡旋企業の JTB と楽天トラベルの例を比較して、 顧客満足の意味を考える。

1−1 吉野山の桜を見に行こう
  このサイトは、 「客観説TQM」 と 「4点法FMEA」 の紹介と推進を旨としており、 このうち「4点法FMEA」については東京と京都で定例セミナーを開催しています。

  京都セミナーは4月と11月に開催しますが、 京都に行けば奈良にも足が向いてしまい、 奈良といえば平城京跡、 飛鳥近辺の遺跡、 それに吉野山の桜を一度は見なくてはということになります。

  噂では、 吉野山の桜は早朝のすいた時間に行かないと人が多くてどうにもならないらしい。

  そこで吉野山の頂上にある宿を早くから予約しよう、 ということで、 少し早過ぎるかも知れないが1月末に一軒の宿に予約メールを入れてみた。

  すると3日ほどして宿から電話があり、「1年前から満杯でして、 申し訳ありません」 という断りの電話であった。 何と、 2か月前では遅すぎたワケだ。

  ではどうするか?  要するに橿原神宮あたりのホテルに宿泊して、 朝食抜きで出発してロープウエイを一番乗りで行くしかない。

  というわけで、 インターネットで朝食抜きの橿原神宮付近のホテルを捜したが、 楽天トラベルとか「じゃらん」 など、 どこも早すぎて予約申込みが不能であった。

  ところが JTBだけは予約申込みが可能であった。 時期を失すると 「満杯だ」 と断られかねないので、 飛びつくように申し込んだ。 しかも、 カードで支払いまで済ませて。


1−2 最低限の規格要求事項
  やれやれ、 と一安心して雑用に追われているうちに、 以上のことをすっかり忘れてしまった。

  3月になって 「来月は吉野見物だっけな」 と思い出し、「奈良のホテルはどうなったっけ?」 とメールホルダー 「ホテル」 を開いたら、 なんと、 橿原神宮付近のホテルの予約メールが入っていない。

  「予約してあればメールがあるはずだから、 メールがないところをみると、 まだ予約をしていなかった訳だ」 と早合点してしまった。

  「これは大変、 急がないと満杯になっちまう」 と早速、 楽天トラベルから予約を申込んで間に合った。

  「やれやれだ」 と思いつつも、 何か心の片隅にひっかかるものがあって、 念のためにホテルに電話を入れて二重申し込みをしていないか調べて貰った。

  すると 「既にJTB経由で申し込んでおられ、 決済も済んでいます」 と言うではないか! 要するに、 JTBから予約内容やカード決済の件を記載したメールが届いていなかったのだ。

  そこで JTB会員の個人ページ「 MyJTB」 を開いて 「予約情報」 をクリックしたら、 「指定された条件で該当する予約はありません」 と表示された。

  JTB会員ではない一般人のためのJTBのホームページ、「予約内容確認・取消 」 のボタンをクリックすると、このように なっていて、 何と、 「受付番号」 を入力しなければ開けないのだ(下の図)。

  メールアドレスや電話番号だけなら容易だが、 「受付番号」 はメールを貰っていない者にとっては手に負えない要求である。

〔JTBの非会員用の予約内容確認・取消のページ〕

  上の図の電話番号だけで開けるかと思って試したが、 やはり、 赤で 「受付番号を入力してください」 という表示が出て拒絶されてしまう。

  そこで、 JTBに対して2つの質問についてメールを送った。

  1. 予約メールを送るようにすべきではないか。
  2. 予約状況を確認できるようにすべきではないか。
  すると、2〜3日して、
  1. 予約メールは発信してあります。 その内容を次のように添付します。
  2. 会員登録前の申込みだったため、 会員用のページには予約が表示されません。 次のURLから非会員用のページをご覧下さい。
との案内メールが送られてきた。
  これで一応、 全体が見えてきたから一件落着と言えばいえるが、 何かすっきりしない。

  「予約完了メール発信した以上は、 たとえ着信しないために予約状況が確認できなくても JTB の責任ではない」 と言っているように思えるからだ。

  そこで、 次のようにメールをしてみた。

  1. メールは往々にして発信しても着信しない場合があります。 発信したかどうかではなく、 着信を基準にすべきではないか? 民法も到達主義の原則を採用しています。 着信しない場合の対策はどうなっていますか?
  2. ホームページのどこで予約状況を確認しますか? 私は方法を発見できませんでした。
  この辺りから、 そろそろ JTBの性格・社風があらわになってくる。 頂いた返信によれば、〜


  1. 購入完了メールはサービスの一環として送りさせていただいており、契約書類ではありません。 予約・購入完了画面が契約書面となります。 着信は確認いたしておりません。
  2. 会員でない方の予約状況は、ここ (受付番号の入力が必要なページ) でご確認いただけます。
  つまり、 平たく言えば、
  1. 購入完了メールは奉仕として送っているだけで義務ではなく、 着信しなかったのはお客様が不運だっただけでJTBの責任ではありません。
  2. そのときに印刷機を持っていない人は手にすることも、 後日に確認することもできない、 あの一瞬で消えてしまう画面が契約書です。
  3. メールが届かない場合でも 「受付番号がなければ開けないページ」 で我慢してください。 受付番号を控えなかったために開けないのは、 申込者の落ち度です。
〜ということだ。 これで自社には何ら落ち度はなく、 何ら改善の必要性も感じないと言うことである。

  私達が日本で暮らしている感覚では、 この JTB の対応は何とも腹立たしい。 折り返しメールが来ると信じている申込者は、 購入完了画面をプリントしたり、 受付番号を控える必要性を感じないからである。

  ところが世界的に見ると、 この JTB の対応がおかしいとは言えない。 否、 もっとひどい商習慣が通用している国すらある。

  だからこそ ISO 9000 の 顧客満足 (Customer Satisfaction) は、 「最低限の義務さえ果たせば ISO としては十分」 という意味で使われているのである。

  ISO 9001 の認証登録があまり自慢にならないのは、 かような低レベルの顧客満足やトラブル予防のみを義務付けた国際規格だからである。


  上の JTB の説明には、 他にもおかしい点がある。

  「予約・購入完了画面が契約書面となります。メールは契約書面ではありません」 という主張がそれだ。

  何が契約書であり何は契約書ではないと、 自分達が一方的に決めるものという前提で物申しており、 何とも高飛車である。

  契約書は、 その忠実な履行のために証拠として交わす書面である。 従って、 保存性が不可欠であって、 一瞬で消えてしまうパソコン画面が契約書ではあり得ない。

  その欠陥を補う手段としてメールを送付するわけだから、 メールは契約書の一部になっている。

  それを送付することは義務であって、 決して単なる奉仕ではない。

  もし、JTBの窓口がいうように予約・購入完了画面が契約書面だというなら、 裁判になった場合にどういうことになるだろうか。

  予約・購入完了画面を印刷しなかった申込者は ─ メールは契約書類ではないというのだから ─ 契約内容を知らないままに法廷で争わねばならない憂き目にあう。

  これでは明らかに不公平であり、 自分勝手な解釈だという他はない。 そうだとすれば、 JTBは 「顧客の立場に立った顧客満足」 を考慮しない企業であることを自認することになる。


  JTB グループの ホームページ を見てみよう。

  そこには、「常にお客様の立場に立って、 最良のサービスを提供し、 お客様の満足・感動・夢を実現します。 JTB グループは、 お客様に認めていただける最善のパートナーを目指します」 とあり、 これが取引の前提になっている。

  これを前提にするとき、 「メールは義務ではなく、 着信については責任を持ちません」 という意味に解釈することは無理というものだ。 顧客は当然にメールを貰えると思っているから。

  JTB グループの上層部は、 顧客対応の窓口で上に示すような 「とんでもない対応」 が起きている事態を知らないであろう。 我々の言葉で言えば、 顧客満足データの収集が円滑でない状況である。

  それがなぜ改まらないか? 一部の行政機関の仕事ぶりが改まらないのと同じであろう。

  かつての日本交通公社という独占企業で培った社風のおかげで、 顧客満足データの収集が円滑でない状況でも改善の必要性を感じないということだろうか?


1−3 高度の顧客満足
  上の例を楽天トラベルに当てはめると、 どうであろうか? そこには、 ISO 9000 の顧客満足とは全く違う顧客満足が考慮されている。
  1. 会員でなければ楽天トラベルのホームページからホテルを予約することは出来ないようにして、 区別をなくしてトラブルを防いでいる。 
  2. 予約メールは申込み完了ページに貼ったボタン (下の図) から、 申込者自身が発信できる。
  3. 個人ページからも同ページ (下の図) を呼びだし、 後からいつでも何回でも発信できる。
  4. 宿泊日の7日前にメールが来て、 取り消し忘れなどのトラブルを防いでいる。
  5. 宿泊日の前日にメールが来て、 顧客の注意を喚起している。
  6. 宿泊の数日にもメールが来て、 顧客満足情報を収集する。
〜という具合である。

  これは当然の義務を超えたサービスで、 日本でいう顧客満足に該当している。

  民法が 「通知があったかどうかは、 発信したかどうかでなく受信したかどうかで決める」 とする到達主義を原則としているのは、 到達しない場合の当事者の公平を考慮したものである。

  まして、 一般の営業窓口で発信主義を採用して到達したかどうかを全く考慮しないのは、 最低限度の顧客満足でしかない。

  また、 到達しない場合の対策を顧客に求めるというのでは、 顧客満足はそれだけ低くなる。

〔楽天とラベルの送信ボタン〕─ 申込者が発信できる。

  ついでに楽天トラベルのサービスを紹介すると、 ホテル検索の仕方にいろいろな手段を選定することができる (右図)。

  このうち、「駅から探す」 を選ぶと、 目的地の駅、 その隣の駅〜などの周辺のホテルを探すことができ、 この便利さは例えようもない (下図)。

1−4 再度の質問
  購入完了メールが届かないために 「非会員用の予約確認ページ」 は受付番号を入力できず、 従って予約状況を確認できないという問題を指摘したところ、 次のような内容の回答を頂いた(言葉遣いはもっと丁寧)。 
  1. 購入完了メールはサービスの一環で送るもので、 不着信について JTB は何ら責任がない。
  2. そういう場合を考慮して、「プリントをせよ」、「受付番号を控えよ」 等の注意を表示しているのに、 守らなかった顧客の自業自得だ。
  3. さらに、 プリントもしないし受付番号も控えなかった人には 【FAQ】13番で案内している。
と説明しているワケです。

  その趣旨は、 そもそも義務ではないのに購入完了メールを送り、 さらに加えて諸々の注意喚起をし、 それすら怠った場合でも案内する 「万全のサービス」 を提供しているではないか。

  これで一体何が不満なのか? と言うことだけど、 勿論、 大変に不満だ。

  楽天トラベルが義務を果たした上での至れり尽くせりのサービスなのに対し、 JTB は自己の怠慢に対する 「顧客の自衛策」 の至れり尽くせりだからだ。 これは大変な違いである。

  そもそも購入完了メールを単なるオマケと決め付け、 自分が対策するのではなく顧客に ─ プリントや受付番号の記録等の ─ 自衛策を求めている。

  しかも、 それらの自衛策を求めること自体をオマケのご案内サービスだと思っている。

  申込者が利用する「購入完了メール発信」のボタンを設置するように提案したいが、 対応窓口ではラチがあかないので、 「責任者に提案する手続きを教えて下さい」 とメールでお願いした。


1−5 改善提案
  以下は、 その責任者からの返信メールである。

  ご提案頂きました内容は、 弊社として真摯に受け止めて検討させて頂きますが、 なにぶん内容がシステムに関わることでございますので、 お時間をいただきたく存じます。

  ご提案を採用できない場合もございますので、 あしからずご了承頂きますようお願い申し上げます。   (2008-3-12)

  この責任者は、 「自分はどう考えているのか」 を何も語らず、 「何とか実現したいと思っている」 などとは絶対に言ってこない。
  そして、「時間がかかる」 と先延ばしの余地を残し、 「採用できない場合もある」 と逃げ口を用意することは決して忘れいない。

  検討の価値ありと思ったのか、 体裁よく断っただけなのか、 真意は明らかでない。

  そこで JTB グループのトップペ−ジの、「常にお客様の立場に立って、 最良のサービスを提供し、 お客様の満足・感動・夢を実現します」 との宣言がウソか誠かの問題である、 と指摘しておいた。

  衆目の注視の中で、 果たしていつ、 どのように改善して頂けるのか、 現在に至っても音沙汰なしである。


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第2節 トップダウンとボトムアップ

   日本規格協会の雑誌 「標準化と品質管理」 の「QC百話」という連載ものの第8回に、 方針管理に関する興味ある記事が出ていた。 著者は近藤良夫氏(京大名誉教授)である。

  近藤氏は日本品質管理学会の会長を勤められ、 1971年の石川馨氏についで1976年にASQ(アメリカ品質協会) を受賞された輝かしい経歴の持ち主である。

  しかしながら、 近藤氏の論述は古典理論に終始し、 多くの点で間違いを犯している。

  その間違いを明らかにして、 客観説との違いを浮き彫りにしたいと思う。

  古典品質管理に固執する学者は跡を絶たないし、 その影響も深刻である。 何しろ、 いまだにニーズを目標と呼び、 方針管理をPDCA管理サイクルを回す管理だと説いて憚らない学者・経営者が跡を絶たない状況である。

  以下、 記事の要旨をかいつまんで紹介した上で分析を試みる。

2−1 記事の概要
   方針管理の目標値の展開に用いられるトップダウンとボトムアップの、 それぞれの成功事例を紹介して説明する。
 トップダウンの成功事例 

  松下電器産業(株)の自動車用ラジオの製造事業部に、ユーザーの自動車会社から10%の値引き要請があった。 事業部長以下の技術陣が努力したが提示された要請を満たせず、 妥協案を提示して懇請しようということになった。

  そこに松下幸之助会長が来られて経緯を聞いた上で、「顧客が10%の値引きを要請したら、 15%のコストダウンをすることになっている。 検討しなおすように。」 と言って帰られた。 その結果、 13%のコストダウンを実現した。

 成功の原因 

  関係者が松下会長に言われて 「何とかしなければ」 という強い意欲を抱いたことが成功の原因であり、 そのためには、 トップが部下に心服されていることが重要である。

 分析 

  トップダウンの目標値は 「必要性」 の面から検討され、 その指示は部下にとって直接・強力である。 従って、 部下がトップに心服していなければ意欲が起きないから、 できない格好の理由を探す努力をし、 達成できるものも達成できなくなる。

 ボトムアップの成功事例 

  B化学(株)は工場長が毎月の月度生産目標を指示し、 それを受けて生産するトップダウン生産計画を採用してきた。 その結果、 進捗に中だるみが生じて月末に追い上げるが、 常に目標未達成だった。

  検討の結果、工場長は目標値案とその必要性を説明し、 それを各部署が職場に持ち帰って検討して目標値を導き、 それらを集計した。 最初はその集計値は工場長案より低かったが、 上積みせずにそのまま生産量目標値に採用した。 その結果、 次第に成績が上昇し、 半年後には従来の120%の成績となった。

 成功の原因 

  集計値は各職場が真剣に検討した結果だから、 その熱意を信じて採用した結果、 部下は 「工場長に信頼されたのだから何とかせねば」 と全員の意欲につながったことが成功の原因とみてよいであろう。

 分析 

  ボトムアップの目標値は、 どんな手段があるかなど 「可能性」 の面から検討され、 部下の自主性を育て、 長期的には能力向上につながる。 また、 検討によって自信を得て 「自分がきめたのだ。 よしやろう」 という意欲がわいてくるに違いない。  

2−2 主観説の特徴
  近藤氏の上の論説を読むと、
  • 心服している、
  • 強い意欲を起こし、
  • 熱意を信じて、
  • 信頼されたのだから、
〜といような心理的な用語に終始していることに気がつくであろう。 それ故に、 主観説なのである。

 「松下幸之助会長に心服したことが原因で成功した」 という具合に、 因果の関係でも専ら主観的な面を重視するが、 それでいて 「太平洋戦争で、 天皇陛下に心服した日本軍がなぜ負けたか?」 の説明はしない。

  そこに、 1) 経営を取り巻く環境の把握、 2) それに対応する経営資源の充実、 3) その経営資源を生かす手順を基礎にして初めて方針管理が可能になる〜という理解を欠くことは明らかである。

  B化学(株)の事例の成功原因も、 「上司から信頼されたから」、 「自分で決めたから」 と専ら心理的面で捉えるが、 それでいて 「上司が信頼しかつ自分で決めれば、 原価ゼロ円も実現するのか?」 という問いには答えない。

  主観説は、 方針管理やTQMなどが 「管理技術」 であって 「人心操縦術」 ではないのだ、 という理解から再出発しないと救いようがないのである。 以下、 個々の論点について考察しよう。

2−3 誤りの指摘と正しい理解

■ 1.方針管理の意味
   近藤氏は 「目標を達成すること」 が方針管理であると理解しているようだが、 方針管理は 「誤った方針を立てないように、 方針設定プロセスと経営資源を管理すること」 である。  誤った方針とは、 例えば、
  1. 最善でない方針 (ベターな方針がある場合)
  2. 実現できない方針
  3. 時代や企業にとって不利益な方針
  4. 全体最善でない方針
  5. 大躍進をする実力 (=経営資源) を持ちながら、 宝の持ち腐れ
〜など、いろいろある。

  方針管理は、 実現可能な最善の方針を立てるための管理である。 従って、 個々の手段については実現性と (部分) 最善性が確保され、 全体として全体最善が確保されなければ方針管理の理論ではない。

■ 2.トップダウンとボトムアップの対比は不適切
  近藤氏は、 方針管理にはトップダウンとボトムアップの2種類しかなく、 いずれが正しい (あるいは成功しやすい) という立場で論じている。

  しかし、この見方は狭隘であって、 理論として成功する余地は最初からない。 このことは、 人体を参考にすれば理解できよう。

  • トップダウンで機能する部分(意志の通りに手足を動かせる)。
  • ボトムアップで機能する部分(痒いと掻く、足が痛いと引きずる)。
  • いずれでもない部分(自律神経、反射など)。
  すなわち、 方針管理のどの部分はトップダウン、 どの部分はボトムアップ〜という具合に柔軟・複合的に構成しなければならない。 実務は、 そう単純なものでなく、 意欲だけで左右される存在でもない。 


■ 3.方針管理と無関係
  「豚もおだてりゃ木に登る」 と言われるように、 心服する上司に認められたいし、 褒められると嬉しくなって2倍も3倍も努力する。

  それは確かである。 だが、 そのことは方針管理とは直接の関係はない。 子供の頃のガキ大将に言いつけられて走り回る子分の場合にも当てはまる、 単なる 「人心操縦術」 である。

  トップが部下に高いノルマを押し付けて自分は何もしないという精神主義の方針管理は、 まれに成功するだけで一般に成功しない。 経営資源 (人材・技術・設備・組織〜) が不足するから、 意欲だけではどうにもならないのだ。

  成功すれば 「やっぱり経営者の願望を方針・目標とするのが正しい」 と安心しつつ、 失敗すれば 「君達に熱意がない」 と責任転嫁をするのが主観説である。

■ 4.正しい理解
  上のB化学(株)の事例は、 (近藤氏はボトムアップと誤解しているが) 実はトップダウンとボトムアップの複合型である。

  その成功の原因は、(近藤氏は信頼と意欲であると誤解しているが、 それ以前に) 経営資源、 部分最善、 全体最善が整合したことにある。 これら3つのどれを欠いても、 方針管理にはならない。

  1. トップが要求を示す (トップダウン)。
  2. 部下ができるだけ多くの手段を考案し、 優劣を比較し、 実現性と最善性の裏づけのある目標 (部分最善)を提案する (ボトムアップ)。
  3. トップが提案の中から全体最善を満たすものを選定し指示する (トップダウン)。 提案がトップの要求を完全に満たさない場合であっても、 それが企業の実力なのだから、 その全体最善を選定して甘んじなければならない。

  提案される目標がトップの要求に対して相当に低いなら、 トップは人材等の経営資源の強化に力を入れる方針に切り替えねばならないが、 B化学(株)の場合はその必要とする経営資源を持っていたということだ。

  不十分な経営資源 (組織・人材・時間・設備等) と不適切な手順の下、 いくら熱意・信頼・意欲があっても、 困難を克服して道を切り開くことはできない。

  客観説は、 良い目標が立たない場合のトップの役目 (反省と経営資源の充実) を重視する点でも、 単に部下の感銘を呼ぶような社交術や人心操縦で朗報を期待するような理論ではない。

  方針管理の中心は、 経営トップが誤った方針を立てないための管理、 あるいは正しい方針を立てるための管理である。 従って、トップが何もしないやり方は方針管理ではない。

  特に、 熱意と情熱と信頼があればどんな夢も実現するような理論は、 精神主義に陥って為すべき備えを怠り、 企業体質の弱体化を招く。

  近藤氏のようにB化学 (株) の成功原因を 「信頼と熱意」 に求めるようでは、 経営資源の弱体化を招いて、 その後の問題解決に支障を生じるであろう。

(以上)

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第3節 キャッチボール

3−1 記事の概要

 「標準化と品質管理」 の「QC百話」の第9回で、 近藤氏の記事は方針管理の目標値の展開の仕方として 「キャッチボール」 に触れている。 主観説のことだから、 多くのトリックが仕込まれている。 以下は、 それを明かす試みである。
 会社の年度方針案 
 社長を含む首脳陣によって、 各役員の管理項目、 トップ診断の結果、 長中期方針の予想・願望・理念に基づいて (年度目標を含む) 年度方針が作られる。

 下部組織の方針案 
 上の年度方針案を各事業部、 さらに各部、 各課・係で検討され、 「必要性」 と 「可能性」 の観点から必要な修正を行って、 首脳部にフィードバックされ、 検討・修正が加わって正式な年度方針になる。

 キャッチボールの意義 
 このように上層部から下部組織へ、 そして下部組織から上層部にフィードバックすることをキャッチボールという。

 キャッチボールには普通2〜3週間を要するにもかかわらず多くの企業で精力的に行われているのは、 目的の理解、 目標達成の 「必要性」 と 「可能性」 の両面から検討が進められ、 これを通じてトップダウンの 「強制的ノルマ」 から 「自主的目標値」 への質的な転換が行われるように願うからである。

  このことが目標達成への意欲を起こさせるのに大きい効果があることは、 第8回で述べたとおりである。

3−2 誤りの指摘と正しい理解

■1.目標の意味
  近藤氏は、 キャッチボールを通じてトップダウンの 「強制的ノルマ」 から 「自主的目標値」 への質的な転換が行われると説いているが、 その強制的ノルマは解決策を伴わない単なる願望である。

  一方、下部組織から上層部にフィードバックするのが 「可能性を検討した自主的目標値」 だとすれば、 この目標値は手段を伴っていることになる。

  つまり、 近藤氏のいう 「目標値」 は、 手段を伴わない単なる願望の場合もあれば、 具体的な解決策を伴う場合もあるわけで、 質的に全く違うものに同じ 「目標」 という用語を適用している。

  トップが提案するものは目標を含まない 「願望・ノルマ」 であるとする近藤氏の理解は正しい。

  しかし近藤氏は、 「質的な転換が行われる」 と称して上層部の提案と下部組織の提案が質的に異なることに気づきながら、 その違い (一方が願望で、他方が目標) を一歩掘り下げないために目標概念の正しい認識に至っていない。

  目標とは、 実現を狙う対象をいう、 と解すのが正しい認識である。

  投資してまで実現を狙う以上最善を狙うべきだから、 多数の具体的手段を先に考案し、 実現性と最善を確認した上で採用する予測結果(効果)が目標である。 


■2.「必要性」の検討
  次に、 下部組織による検討は 「実現性」 と 「最善性」 であって、 「必要性」 ではない。

  なぜなら、 トップが必要性を宣言しているのに下部組織が否定することは企業組織の仕組みが成り立たないからである。

  トップが 「いくらの原価低減が必要」 と宣言したとき、 下部組織はそれを 「不要」 と考える権限はない。

  下部組織の仕事は 「いくら低減するのが最善か」 ということで、 それがトップの要求を満たせなければ実力 (経営資源) が不足するわけであり、 トップが経営資源の補充を図らねばならないだけのことである。


■3.キャッチボールの期間が意味するトリック
  近藤氏は、 「キャッチボールには普通2〜3週間を要する」 としているが、これが最大のトリックである。

  トップから飛躍的な改善の要求が出ているときに、 2〜3週間で下部組織に何が出来るだろうか?

  例えば、 「原価50%減」 との要求があるとして、 その必要性と可能性を検討するなら、 いろいろな手段を提案し、 投資額や効果を検討し、 必要に応じて実験するなど、 専門に担当しても普通は1年〜3年はかかる。

  ところが日常の仕事をこなして、 手が空いたときに手を出すようなやり方で2〜3週間で出来ることといえば、 「値切り交渉」 くらいしかない。

  すなわち、 下部組織は 「50%の原価低減ノルマ」 を何とか 2%に負けて貰うべく交渉しようとし、 それが駄目なら、5%に、8%に、10%にと少しずつ譲歩する。

  部・課長は、「いや、それでは駄目だ。 少なくも35%はやれ」 と粘る。 そして、30%に、25%にと少しずつ譲歩する。

  このように、 相手の顔色を伺いながら少しずつ譲歩して、 力の均衡点・妥協点を探すために、管理職が上へ下へと行ったり来たりするのがキャッチボール (俗に、すり合わせ) の実態である。

  近藤氏は、 キャッチボールは 「野球のことば」 とは違うというが、 実態は野球のキャッチボールよりもひどい荒唐無稽なアイデアなのである。


■4.フィードバック
  近藤氏は、 2〜3週間の短期間で検討した下部組織の提案をトップにフィードバックし、 年度方針を決定し、 実行し、 その結果をトップ診断で反省して次年度の方針で考慮するというフィードバックを中核とする方針管理を説いている。

  2〜3週間の検討期間では到底、 最善性や実現性の検討はできないから、 粗雑な提案で方針が決まってしまいら、 トップ診断で大いに反省することになる。

  だが、 いくら反省しても後の祭りであって、 また翌年も同じように行って失敗する。 そこには、 虚構に満ちた方針管理のむなしさが残るだけであり、 いつしか活動は停滞してしまう。

  ただし多くの事例で、 最初の2年ぐらいは成果が出ることが多い。 それまでに出来上がっていた具体策を講じるからである。

  だが、 それは近藤氏が説くような方針管理の成果ではなく、 それとは無関係に出た効果である。

  以上のことは、 方針管理がフィードバックではなく、 フィードフォワードで行うべきことを示す。

  すなわち、 トップが示す要求があり、 それに対する具体策の考案、 最善策の選定、 目標の設定が続き、 テーマストック (部分最善) の形成を先行し、 これに基づいて全体最善としての年度方針を決定するのが正当な方針管理である。


■5.目標達成の意欲
  近藤氏は、 下部組織の提案は、 「強制的ノルマ」から 「自主的目標」 への転換によって意欲を起こす、 と説いている。

  ここでも、 方針管理を 「意欲」・「熱意」・「信頼」 の問題として捉える主観説の特徴が現れている。

  「やる気があれば何でも可能だ。 出来ないのはやる気がないからだ」 という精神主義は、 「トップが号令をかけて旗を振るだけで何もしない」 という企業体質を作って弱体化してしまう。

  前節で述べたように、 方針管理はトップの方針を管理することである。 いわば方針管理はトップの仕事振りの管理であって、 トップが他人事のように旗を振る理論は方針管理とはいえない。

  下部組織が検討すべきものは多数の具体的手段と効果の 「実現性」、 「最善性」である。 さもないと、 狙うべき最善の対象 (=目標) が決まらないからである

  それは、 具体的手段がなければ目標が立たないからであり、 「意欲」を出させるためにそうするのではない。


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第4節 方針を構成する3項目

 「標準化と品質管理」 の「QC百話」の第10回で、 近藤氏の記事は方針管理の方針を構成する3項目として 「目的・目標値・重点方策」 が挙げられるとしている。 主観説のトリック性は既に十分に論証済みであるが、 最後の締めくくりとして、 以上の件についても触れてみよう。

4−1 記事の概要

 方針を構成する3項目 
 方策重点の方針を目的重点の方針に転換し「結果としての問題点」を明らかにすると、 転換後の方針は
  1. 目的   何のためにやるか(不良低減など)。
  2. 目標値  どの方向に向かって、いつどこまでやるか(不良率半減など)。
  3. 重点方策 どんな方法でやるか(標準化など)。
の3項目からなる。
 (1) 目的 
 トップからの強圧的ノルマを自主的目標値に転換させることで、 やる気を起こさせるためにキャッチボールを行うが、 そのためには目的の周知徹底と納得が肝要である。

 (2) 目標値 
 目標値は、 これを最終目標値と中間目標値に分けて考えることができる。 最終目標値とは、 例えば不良率の場合にはそれがゼロに当たるように、 到達したいと願う最終の極限値をいう。
 これは努力して進む方向を示すものということができる。

 このように方向を決めた上で、 その方向に沿って、 いつまでに、 どこまでやるかを決めるものが中間目標値であり、 年度目標値がこれに当たる。

 (3) 重点方策 
 どのような方法を重点的に用いるかをトップが与えたものをいう。 しかし、与えられた通りに重点方策を実施することではない。

 しかし、 方策だけを強調して目的・目標を明らかにしなければ、 「私は指示された重点方策を忠実に実行しました。 もし目標値に到達しないとしたら、 それは指示された方策が悪いせいで、 私の責任ではありません」 と言い逃れの材料に使われてしまう。

 重ねて述べるが、成果の評価には目標値に対する実績値の達成度よりも、画期的な改善を生んだプロセスの適切な評価に重点を置くべきである。

4−2 批判

■1.「目的」が挙げられた経緯
  主観説が 「目的」 を挙げざるを得ない事情を説明しよう。

  主観説では、 例えば 「標準化の推進」 のように、 目的不明のものを方策と呼ぶのである。

  すなわち、方策でないものを 「方策」 と呼ぶ故に 「目的」 の追加が必要になるのである。

  我々通常の理性の持ち主は、「標準化の推進」が方策だとは思わない。 標準化・自動化・無人化・ペーパレス・ITか〜というようなものは、 それだけで何かを解決する方策なのではなく、 「方策の種類」を示すに過ぎない。

  この「方策の種類」は、 具体性がないから実施できないし何も解決をしない。 これを「方策」と呼ぶ故に、 改めて目的を示さなければならなくなるのである。

  いうなれば、 犯した基本的な誤りを 「こっそり修正する」 ために目的を追加したわけである。

■2.目標値
  主観説が「最終目標値とは、 例えば不良率の場合にはそれがゼロに当たるように、 到達したいと願う最終の極限値をいう。 これは努力して進む方向を示すものということができる。」と述べているように、 到達したいと願う 「願望」 のことを 「目標」 と呼ぶ過ちを犯している。

  従って、結果の蓋然性(=実現性)と最善性という極めて本質的な要素を欠如したものであり、実務で使用できない類の概念なのである。

  その過ちを 「こっそり修正する」 ために考えたのが、 最終目標と中間目標に分けて、 中間目標の方は単なる願望ではなく実現性を与えるために方策を付加したのである。

  ところが、 その修正を誤って、 益々実用性を失っていく。

  トップが与える「方策の種類」を基に、 2〜3週間のキャッチボールを経て、 画期的な解決策を生み出せという、 およそ実用性を欠く理論になったのである。


  目標については、さらに3つの根本的な間違いがある。

 1)QDC一体の原則
  「最終目標値は、 例えば不良率の場合にはそれがゼロに当たる」 という考え方がそれである。

  製品設計にせよ工程設計にせよ、 およそ管理プロセスは、 品質(Q) ・ 時間(D) ・ コスト(C) ・ 安全(S) ・ 環境保護(E) というアウトプットを排出する。

  故に、「品質は不良ゼロだが、 コストは2倍で、 生産時間は3倍かかるようになった」 場合でも、 「不良ゼロ」 の目標を達成したことになるかどうかを考えねばならない。

  これを 「QDC一体の原則」 という。

  換言すれば、「目標=不良率ゼロ」 ということはあり得ないのである。 目標は、 品質(Q) ・ 時間(D) ・ コスト(C) ・ 安全(S) ・ 環境保護(E) について、 一括して設定しなければならない。

  「方向を決めて、 その方向に沿って、 いつまでに、 どこまでやるかを決めるもの」 といういわゆる「目標の3要素」 が誤りであることはいうまでもない。

 2)目標は手段によって狙うもの
  単なる願望と違って、 目標は手に入れる対象だから手段が不可欠である。 つまり、 手段を持っていて、 その手段によって狙うモノが目標である。

  よって、 「最終目標値は、 例えば不良率の場合にはそれがゼロに当たる」 というような、いまだ手段を持たない段階では目標は設定し得ない。


■3.重点方策
  方策とは、 何らかの問題を解決する手段を意味し、 「方策の種類」 は方策ではない。 これが我々の通常の理性である。

  ところが主観説は、 実施もできないし何も解決しない 「方策の種類」 を方策と呼ぶのである。

  従って、 全体としての主観説の主張は、 錯誤に満ちたものになっている。 その表れが、 「やる気」・「信頼」・「意欲」 というような心理的手段を強調する以外に逃げ場がない状況に陥っているのである。

■まとめ
  主観説は、もっぱら 「やる気」・「信頼」・「意欲」 というような心理的手段を強調する。

  その結果、 経営資源の充実とそれを生かすフィードフォワード手順という 方針管理の本来の中心テーマから逸脱してしまったのである。

  落とし穴に陥った契機は、 次の誤りに起因する。
  1. 願望と目標の取り違え
  2. 方策と「方策の種類」の取り違え
  3. 日常管理(フィードバック)と方針管理(フィードフォワード)の取り違え
  中でも最もひどい誤りは、 「画期的な改善を生んだプロセスの適切な評価に重点を置くべきである。」 と述べつつ、 フィードフォワードであるべきプロセスを 「 P ・ D ・ C ・ A サイクル=フィードバック」 としたした点である。

  それ故に、 やり直しのきかない一発勝負のプロジェクトに対して 「 P ・ D ・ C ・ A サイクル」 を適用するという、 およそ実効性のない方針管理論となった。

  このような錯誤の上に成り立った方針管理論が、 実務でいかに障害になったか、 いうまでもないことである。


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第6節  マーケットイン

  駅やデパートなど、いまやエスカレーターは大変に普及し、便利に使用されている。

  感心するのは、 いつの間にか「 左側立ち止まり、右側歩行」という暗黙の規則が自然発生し、 定着していることである。

  これは 「ゆっくり主義」 の人もいれば 「急ぐ人」 もいるという、 利用者側の要請 (ニーズ) が存在する故の現象である。 その証拠に、 この風習について苦情を言う利用者はいないようである。

  ところが、 メーカー側 (エレベーター協会) は「安全上、 この使い方を是非止めてくれ」 と主張している。

  なぜ、 安全上問題があるのか?

  エレベーター協会は曰く。 「そのように設計されていないから」。 信じがたい話しだが。

  以下、 エレベーター協会のホームページから関連記事を紹介しよう。

〔社団法人 日本エレベーター協会の主張〕
 (1) ケガなどで、 片方の移動手すりにしか、 つかまることのできない方もいます。

  たとえば左手を骨折していて、 右手でしか手すりにつかまれない方がいらしたとします。 その方はエスカレーターの右側にしか乗れませんが、 右あけが慣習となっていたらとても不自由で危険です。

 (2) エスカレーターの安全基準は、 ステップ上に立ち止まって利用することを前提にしています。

  片側をあけると重量 (荷重) バランスが崩れ、 不具合を誘発することがあります。 また歩いたり走ったりしたときに起きる振動で安全装置が働き、 緊急停止することがあります。

  慣例となっているエスカレーターの片側あけですが、 危険や不便をともなう行為だということが、 少しずつ浸透をしてきました。

  まず(1)の件だが、 「ケガなどで片方の移動手すりにしか、 つかまることのできない方」 は、 階段やエレベーターを使って頂くべきだ。 ゆっくりとマイペースで移動する方が本人にとっても好都合と言うものです。

  それが出来ない場合は、 後ろ向きに立てば手すりに安全につかまることができる。

  そもそも、 そういう稀な事情を基準にするのは誤りで、 大部分を占める状況を基準に採用しないと安全を維持できない。

  もしエレベーター協会の基準を採用すると、 エスカレーターの両側が 「動かない人」 で占められ、 急ぐ人が間を通り抜けようとするのは必定で、 これが危険を呼ぶことになる。

  さりとて違反摘発の警備員をエスカレーターごとに配置するのも実際的ではない。

  使用者が望まない使い方を押し付けると、 違反者が多発し、 かえって危険である。 このことは安全運行を担当する関係者が特に注意すべき点だ。

  次に(2)の件。 これは呆れた主張である。

  「エスカレーターの安全基準は、 ステップ上に立ち止まって利用することを前提にしています。」 というのは、 「お客様のニーズよりも自分たち生産者の都合を優先した」 ということである。

  つまり、 マーケットインという鉄則を無視してプロダクトアウトを採用するという昔の思想である。

  自分達がそういう前提で設計しているから、 お客様はそれに合わせて使うのが正しい、 との主張は是認できない。 そういう古い体質の上にあぐらをかいているから、 安全設計に改良されず、 シンドラー社のようなトラブル多発のメーカーがはびこるのである。


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第6節  QCサークルの性格

■1.名古屋地裁判決
  2007年11月、 名古屋地裁は、 客観説TQMの考え方に沿って、 勤務中に急死したトヨタの元社員の過労死を認め、 QCサークル活動について 「業務と判断するのが相当」 との判断を示している。

  これを受けてトヨタ自動車は、 生産現場の従業員が勤務時間外にグループで生産性向上などに取り組むQCサークル活動を業務と認めた (2008年5月22日、 読売夕刊)。

  原則として残業代を全額支払うことを決め、 6月1日から残業代支給の上限を撤廃する。

  QCサークル活動は、 生産性向上を目指すトヨタの全社的活動「カイゼン(改善)」の柱であり、 自主的な活動としつつ生産現場の従業員約4万人の全員参加が原則で、 活動の成果は人事評価の対象であった。 このため、 位置づけが不明確でサービス残業の温床となっているとの指摘もあった。

  トヨタは、 活動について事前に上司への申請を行うものとし、 管理職の指揮下にあることを正式に認めた。

  QCサークルに自主性がないことは元来当然で、 全ての指導機関が反対説を唱える中で唯一、 客観説は当初からそのように結論を出している。


■2.業務と認める意義
  QCサークル活動を 「業務」 と認めるとは、 「個人的な活動ではなく、 正式な業務であり、 給与の対象になること」 をいう。

  QCサークル活動は 「日常業務」 ではないが、「日常管理」 である。

  ここに、「日常業務」 とは、 毎日の仕事として専門に従事する業務をいう。「日常管理」 とは、 日常業務で生じるムダ・ムラ・ムリを削減する改善活動をいい、 費用をあまりかけずに必要に応じて行う管理業務である。

  日常管理は、 本来、 管理職の分掌である。

  しかし、 データ収集・解析・改善策の考案・実施などの活動を行わねばならず、 現代のような高度化・複雑化した業務形態において、 管理職だけで行うのが困難であるが故に、 第一線の担当者を参加させるようにした組織形態がQCサークルである。

  QCサークル活動は、 「本来は管理職が行うべき日常管理」 を自発的・積極的に補佐する活動である。 従って正規の業務であり、 管理職の指導を得て、 その指揮下で行うのが正当である。


  以上の動きは、 QCサークル活動を自主的活動として誤って実施してきた他の製造業にも広がりそうである。

  注意を要するのは、 QCサークルが自主的活動でないのは、 サービス残業を防ぐためではなく、理論上、 本来的に自主的であり得ないからである。

  部長・課長が日常管理を担当し、 QCサークルも日常管理を担当するから、 後者が前者の指揮下にあり、 従って自主性がないことは当初から明白である。

  大学や日科技連を始めとする様々な指導・教育機関が 「自主的」 と定義してきたのは何故か?

  1.自主的 (Independent、指揮命令を受けない独立性) の意味を理解していない傾向がある。 自発的(いちいち指示しなくても取りかかる)、積極的 (催促しなくても進める) とするのが正しい。

  2.石川馨 (発案当時の東大教授) がQCサークルを提案した当時は、 実務界が勤務時間中の採用を拒否した。 作業者に改善など出きるわけがなく、 やってもムダと考える抵抗勢力が圧倒的だった。

  そこで、 せめて自己研鑽を目的とする時間外活動として試験的に導入させようとして 「自主的活動」 と定義づけた。 「自主的」 は抵抗勢力の関門を通過するための一時しのぎの方便に過ぎなかった。


■3.指導機関への期待
  この事件について、 日科技連は次のようにコメントしている(2008年5月22日、読売朝刊)。

  「時間外のサークル活動に手当てを支給していない企業は、 04年の調査では約3割で、 中小企業が多かった。 今回のトヨタの判断を受け、 他の企業にも支払いの動きが広まるだろう」 と。

  このコメントは、 まるで他人ごとのように聞こえるが、 「自主的活動である」 として長い間誤った指導をしてきたのは、 とりもなおさず日科技連に他ならない。

  これまで下の図に示すように、 多くの出版物にQCサークルの自主性を説いており、 後始末をどうするのか、 責任ある対応を期待したい。 この機会に客観説に沿った全面的な見直しをすることが唯一の道と確信する。

  例えば、次の是正が望まれる。
  1. QCストーリー (テーマ選定理由、目標、計画と実績、典型ストーリーと実務ストーリーの区別、予防状況の調査と予防型の活動、その他)
  2. 目標概念 (願望・ノルマ・ニーズと目標の区別)
  3. 特性要因図 (管理用と解析用の区別、原因と要因の区別など)
  4. 方針管理 (フィードフォワードへの変更、方針概念と方策概念の変更)
  5. FMEA理論 (故障モードの意味の是正、4点法と絶対評価への変更)
  6. e−QCC (廃止。QCサークルに高度の活動を求めてはならない)
  7. 発表テーマ (過去のテーマに限定)
など、日科技連や日本規格協会などの指導機関が行うべき是正は多方面にわたる。
〔現在でも販売されている日科技連の本〕

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第7節 JIS製品のデータ捏造

  鉄鋼最大手の新日本製鉄が、天然ガスプラントなどに使用される円筒状鋼管を日本工業規格(JIS)が義務づける水圧試験が行わずに捏造(ねつぞう)データのまま出荷したことがわかった(5月29日:読売新聞)。

  これを受けて、 品質保証の民間認定機関 「日本品質保証機構」 は30日、水圧試験を手抜きしてデータを捏造した同社子会社 「ニッタイ」 野田工場に対し、 工業標準化法に基づき、 日本工業規格 (JIS) の表示認定を取り消した(2008年05月30日 読売新聞)。

  認証取り消しがあると6か月間は再取得できないが、 JISマークがなくても製品の製造は可能である。 だが、 取引先の信用を得にくく、 「事実上、ほとんどの製品の出荷ができなくなる」とみられる。

  新日鉄子会社 「ニッタイ」 野田工場で過去5年間の作業日誌を調べたところ、鋼管約12万6000本のうち約12万本で水圧試験が行われていなかった。

  試験結果の数値をでっちあげ、 試験に適合したように装って鋼管を 「新日鉄ブランド」 として国内約100社に出荷していた。 鋼管は直径約1メートル〜20センチ、 長さ11〜4メートル。 ステンレス製で、 工場の配管などとして使われている。

  不正は工場長が指示していたとみられ、 野田工場は27日付ですべての出荷を停止した。

  経産省の第三者機関は29日にも、 ニッタイに立ち入り検査する方針といわれる。


  しかし、 我々の考えでは、 ニッタイ野田工場が問題なのではない。

  現に、 鋼管の強度試験を巡るデータ捏造は、 鉄鋼大手のJFEスチールの東日本製鉄所千葉溶接管工場でも明らかになっている。

  JIS認定工場のデータ捏造は、 JIS認定制度の開始当初(約40年前)から一般に行われて現在に至っているわけで、 いまさらとやかくいうこと自体が笑止である。

  JIS認定制度は、 「JISマークという御上 (おかみ) のお墨付きを得たから、 堂々とデータをごまかせる制度」 として利用されてきた巨大なる税金ムダ使い制度なのである。

  当該製品の生産技術を知らない審査官・審査員を騙すことなど、 極めて容易である。

  事前に通知してから審査員が立ち入って検査記録を見るだけでデータの真性立証を求めない制度では、 品質を保証できるはずもなく、 JIS制度は、 当初から品質保証の役目は果たしていないのである。

  現に、 いずれの事件でも審査機関が捏造を発見したものではなく、 審査機関が捏造見逃しの職務怠慢の責任をとるワケでもない。

  「日本品質保証機構」 が試験にちゃんと立ち会っているならかかる事件も起きないワケで、 それが期待できない以上は、 水圧試験のような重要な特性試験は取引の当事者が立ち会って行うべきである。

  JISマーク製品でデータの捏造がない品目は、まずないと言ってよいが、 さりとてJISマーク品が粗悪品だというのではない。 JISマークは単なる体裁の役目しかないということである。


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第8節 なぜなぜ分析の誤解

 EICネットというサイトから、 最も典型的で興味深い、 誤った指導例を引用する。 このサイトは、 元環境事務次官が天下って理事長になっている (財)環境情報普及センターが運営している。
 この財団法人は、 「環境保全に係る科学技術に関する知識及び思想を普及する」 ことなどを目的に平成元年に設立されたが、 この種の財団法人が社会に役立っていないことを示す一例である。
〔質問〕 なぜなぜ分析について:

 現在内部監査で、 不適合を受けております。 そこで、原因分析として、「なぜなぜ分析」 を実施しなさいとの指示を受けましたが、 どうもうまく行きません。 自分で勉強しなさいとのことです。 初歩的な質問ですが、 このなぜなぜ分析の見本/参考例があれば教えてください。

〔回答〕 「なぜ?なぜ?」を繰り返さないと根本の原因が見つからず、 本当の是正・予防ができないというものです。 例えば、 あるトラブルが発生したとします。

  
  • そこで、 1回目の「なぜ」です。
     原因は「Aさんがミスをしたから」、そこでAさんに2度とミスをしないように注意します。 これでは、ISOでいう緊急処置にしかなりません。ISOでは、原因は人ではなくシステムにあるが鉄則。

  • そこで、 2回目の「なぜ」です。
     なぜ、 Aさんがミスをしたのか? 原因は「Aさんの仕事で使う手順書に不備があったから」、そこで手順書を改正し不備を補います。 これが、ISOでいう応急処置になります。

  • そこで、3回目の「なぜ」です。
     なぜ、手順書に不備があったのか?  手順書の不備に気がつかなかったのか? そういえば、半年前にも、Bさんが同じ手順書で同じミスをしていた。 原因は 「半年前にBさんがミスをした時に直ちに手順書を改正しなかったから」。

     今後は、手順書の不備が見つかれば、直ちに改正することにする。 この段階で一応OKになります。

  • さらに、4回目の「なぜ」です。
     なぜ、今までは、 手順書の不備に直ちに対応できなかったのか? 原因は、 「マニュアルに手順書の不備が見つかった場合は直ちに対応すると記載されていなかったから」。

     根本の対応=マニュアルに、 手順書の不備が見つかった場合は直ちに対応すると記載しておくこと。 ここまできて二重丸で完全にOKです。


  • 〔回答に対するお礼〕

     事例でもって判りやすくご説明戴き、大変助かりました。 「緊急/応急処置」 程度の処置が、大手を振っているような組織ではダメですね。

     なぜなぜと追究していきますと、 結構スリルがあり、 以外な原因が発見でき、 ちょっとしたミステリかサスペンスのようです。 また、「原因は人でなく、システムである」 という言葉肝に銘じておきます。 また機会がありましたら、 是非助言願います。

     以上のような 「なぜなぜ分析」 の指導が、 実務で非常に大きな障害になっていることを指摘したい。

     一般に、トラブルがあったとき、

     (1) 最初の分析は予防状況の調査である。 予防が不完全なら、全ての要因を列挙して管理用特性要因図を作成し、その全ての管理手段を決めなければならない。 適切な予防策がないときは、 フェールセーフ、 ポカよけなどを講じる。

     (2) 次に、 原因を明確にして、 その対策状況を調べて対処する。

     (3) 原因を明確にした上で 「なぜなぜ」 により根本原因を追究して対処する。 原因が分かれば、 根本原因の方は理屈で追求することができる。 つまり、 「なぜなぜ」 は、 「なぜ? と尋ねれば答えられるような理屈の問題」 でのみ使う手法である。


     (4) 原因を問題にしても解決しない性質の場合は、 設計的手段を検討する。

     以上に反し、 EICネットの指導に従って 「理屈で追求できない問題」 になぜなぜを適用すると、 次のように4つの利益を失うことになる。


     トラブルがあったとき、まず「1回目のなぜ」 を行うという、この第一歩に間違いがある。

     この指導では、「なぜ?」 を行えば原因が分かるものとしている。しかし、トラブルの大半は 「なぜ」 と自問しただけでは原因はつかめない。

     ここに、 適当な原因をでっち上げる傾向が出てくる。 指導にあるような、「1回目のなぜで、原因はAさんがミスをしたから」 というのが、そのでっち上げである。

     原因を問題にしても仕方がない場合に、 原因を問わないでシステム (作業方法・設備・治具・人材・製品設計) を新たに設計するやり方 (課題達成型のアプローチ) がある。 つまり、 第一の利益喪失は、 設計的な改善の機会を失うことである。

     次に、「なぜ、Aさんがミスをしたのか?」 と2回目の 「なぜ」 を行うというのが第二の間違いである。

     人間のミスの原因は、 「なぜ」を行ったぐらいでは全く分からないのが通常である。 従って、 ここでも第二のでっち上げが行われ、「手順書の不備」ということにされてしまう。

     すると、第二の利益喪失は、人間の作業ミスに対する 「ポカよけ」 や 「自動検査システム」 やフェールセーフなどの対策を逃すことである。

      第三の利益喪失は、 ますます 「複雑な役に立たない手順書」 や 「チェックシートの山」 に走ることである。 その結果、 膨大なチェックシートの作成、 チェック作業、 記録の点検、 記録の保管など、 膨大な作業時間を消費し、 ポカによるチェックミスの発生を防げない。


     トラブルがあったとき、 最初に行うべきは 「予防状態の調査」 である。 そのトラブルは、 予防したのに起きたのか、 予防が抜けているのか。

     予防が抜けているなら起きて不思議はないから、 管理用-特性要因図に全ての要因を列挙して対策を講じなければならない。

     すなわち、 第四の利益喪失は、 予防の機会を失って 「もぐら叩き」 に陥ることである。

     予防したのに起きたのなら、 何が原因かの問題になる。 しかし、 それは単に 「なぜ?」 と尋ねることではない。 「なぜなぜ」 は、 原因を探る手法ではない。

     原因を探るには、解析用-特性要因図を作成して、疑わしいものを列挙し、 さまざまな手段で真因に迫る。

     迫り切れないときには、 全ての疑わしい要因に対策を講ずる。 特に、 人間のポカに対しては、 「ポカよけ」 や 「自動システム」 を優先する。

     原因が明確になって対策を講じた上で、 「なぜなぜ」 で根本原因に迫って対策する場合がある。 しかし、多くは、「人材不足」、「経営者の思想」、「会議が多すぎる」 など、 下部組織では手のつけようのない難問である。

     従って、「なぜなぜ分析」 が有効なのは、 むしろ経営者層が使う場合である。

     最も愚かな事例は、 「クレーム対策報告書」 に 「1なぜ、2なぜ〜」 と 「5なぜ」 まで書かせる様式を作っている場合である。 そこに記載される大部分は、 品質保証部の担当者が行った前述のでっち上げである。


     上のEICネットの指導例中で最もひどい間違いは、4回目の 「なぜ」 である。

     すなわち、 今まで手順書の不備に直ちに対応できなかった原因は 「マニュアルの不備」  にあり、 マニュアルに 「手順書の不備が見つかった場合は直ちに対応すると記載しておくこと」 という一文を追加することが対策だ〜という。

     これは、 手順書の目的を誤解した最もひどい例である。 不備が見つかった場合に直ちに対応することは当然であって、 当然のことは手順書に記載してはならない。

     さもないと、「当然なことでも、 規則にないからやらない」 という、 常識を欠いた仕事ぶりになるからである。


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    第9節 福知山線事故に関する兵庫県警の誤解

     兵庫県警は2005年4月に起きた福知山線事故の刑事責任を追及するために、 JR西日本の社長など歴代幹部を業務上過失致死容疑で書類送検する旨の説明を全遺族宅を訪問して行うことに決めた (読売新聞:2008年8月11日 )。

     県警は、 1996年12月の現場カーブの付け替え時にATSを設置せず安全対策を怠った過失を最も重視し、 このときの関係者について相当処分の意見を付して書類送検するとのことである。

     他方、 被害者から告訴のある2003年9月にATS整備を決定した元専務ら4人の関係者については、 96年の時点でATSが設置されていれば事故は防げたから、 起訴を求めない方針とのことである。

     だが、 これは全くの誤解であり、 神戸地検は起訴方針についてゼロから洗い直して頂きたい。

     JR西日本の責任は、 1996年12月の現場カーブの付け替え時にATSを設置しなかったことにあるのではない。

     なぜなら、 福知山線のようなローカル線について100億円を超えるような安全装置の設置は義務付けられておらず、 設置しないからと言って安全対策を怠ったとして違法性を問うべき事案ではないからである。

     JR西日本の違法性は、 鉄橋やカーブでの脱線という危険箇所に 「ガードレールのような安価な対策すら講じていなかった」 点にある。

     その観点から、 違法性の根拠を1996年12月の現場カーブの付け替え時に限定する理由は全く存在し ないのである。


     もう1つ、 そのような危険箇所に対する安全対策を指導しなかった国土交通省 (旧運輸省) の担当課長以上の幹部の不作為の責任をどう考えるかである。

     もし、 不作為の責任がないと言うなら、 そのような役立たずの役所は廃絶しなければならないからだ。

     脱線は、 完全には防ぎ切れない。 また、 一口に脱線と言っても、 起きる場所によって危険性は著しく異なる。

     例えば鉄橋の付近で脱線すると、 鉄橋から落下する危険がある。 カーブで脱線すると転覆の恐れがあり、 近くにビルなどがあると衝突しかねない。

     こういう予見可能な危険箇所には、 ガードレールを設置して転覆を防がねばならないこと、 火を見るよりも明らかであり、 しかも対策は少ない費用で可能である。 それ故に、 その不作為が違法性を帯びるのである。

     単に、 1996年12月の現場カーブの付け替え時にATSを設置する機会があったと言うだけで、 その不作為が違法であったと言うことは出来ない。

     そこには、 「危険の予見性」 と 「対策の容易性」 を総合的に判断した過失と違法性の認定が必要である。

     さらに、 運転士が余裕を持ってこなせるダイヤでなかったことを当時の状況を把握しようと思えば可能であったという点も、 予見可能性の認定で考慮しなければならない。

     まして、 第三者がレールに石を乗せたことが原因らしいと事故発生の直後にTVで主張するなど、 責任感のなさには呆れたものがある。 事故発生時の経営者および安全関係者が罪を逃れることのないよう、 起訴方針を再検討して頂きたい。


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    客観説─QC
    客観説─品質管理
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