鵜沼崇郎

旅行写真集
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2006-07-25 鵜沼、大垣  2007-04-13 大垣

  2006-07-25、鵜沼地区を散策したときの写真集です。岐阜県大垣市のイビデン(株)様に4点法FMEAの出張講習で伺うついでに、 一度は訪れたかった鵜沼地区に立ち寄りました。 最近まで鵜沼町という中仙道の宿場町でしたが、 今は岐阜県各務原市の一部になっています。 ここは昔、 宇留間 (うるま) という地名であったことが古い文献で分かっており、 秋田県湯沢市出身の私の姓 「鵜沼」 とは無関係で偶然の一致のようです。
 岐阜駅前風景(2006/07/25) 東海道線 → 高山線 田園風景が続く。
 鵜沼宿駅の次が、 鵜沼駅に到着です。 鵜沼駅の正面
 降りてみると、何と、鵜沼接骨院。 鵜沼第一幼稚園。 鵜沼ブルトーザ(株)といった調子
 中山道「鵜沼の森」という場所が長良川の上流にあって、そこから「うとう峠」を下って来た道が左の道。お地蔵様がおいてある。 赤坂神社の入り口。 中山道鵜沼宿の標識、左が「うとう峠」からの道。
 中山道らしい橋  中仙道鵜沼宿の案内板。 中仙道鵜沼宿らしい風景。
 同じく。 ここをずっと行くと、前方に見える前方後円墳に辿り着く。ここら近辺は古墳など珍しくないようで、地元の人に質問してもまるで無関心。 新鵜沼駅
 ツイン・ブリッジ入り口にある鵜沼城址。 この先がツイン・ブリッジ。 赤い電車が通過中。
 清洲城で家康と小田信雄が秀吉攻略の作戦を練っている間に、秀吉方の大垣城主:池田恒興が犬山城を攻め取り、秀吉は大阪→近江→美濃→岐阜→ 鵜沼→犬山城と進み、 長久手の戦いへと進展する。 ツイン・ブリッジの付近
 ツイン・ブリッジから見た鵜飼、日本ラインの船着場 同じ橋の反対側を見ると、犬山城。 犬山遊園駅
 岐阜に戻って大垣へ。 付近で柿羊羹を買った。 大垣では、ふと路地の隙間から城が見える。 大垣城の案内板
 石田光成が関が原の戦いで本拠にした城で、美しい姿です。 ホテルで一泊して、JR大垣駅の左端にある近鉄大垣駅から乗って、 次の西大垣駅で降りて、
 いよいよ講演先のイビデンの技術棟。 簡素だが美しいビル。 大垣駅に隣接するアパホテルに一泊。


 2007-04-13 京都からの帰途で大垣市の太平洋工業(株)様で出張講習を行いました。 まさか2度と訪れることはあるまいと思っていた9ヶ月ぶりの大垣。 いゃ〜、懐かしい!
 着いたぞ! もう夜になっている。 いゃ〜、懐かしい! 駅前で市街地の地図を見てハッとした。 城の堀はないと思っていたが、市街地を流れる川が堀だと気づいた。
 翌朝、ホテルから出て散歩。 名物の靴磨きも健在。 駅を振り返る。
 大垣は歩道橋でなく地下道が多い。ところが降りてみると、方角を迷ってしまい、 予想外の方角に進んで、 城から離れてしまった。
 相も変わらず優美な姿。 わが家にこんな庭園があったらなぁ。 反対側の川。
 桜がよく似合う。  八幡神社に、 昔から有名な湧水があって、
 町中のお店の方が毎日水を貰いに来る。 散歩を切り上げて、訪問先の太平洋工業(株)。 構内が広く、工場棟も多数あり、 写真に撮りきれない。
 講習会場は準備OK。 帰りの大垣駅プラットホーム。 岐阜駅。後で知ったので手遅れだが、このすぐ近所に斉藤道三ゆかりの、信長が北方攻めの拠点とした稲葉山城があるらしい。